ぼくんちはこの後どうなるか?

ねぎこちゃんがプレゼントしてくれた西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』の中で貧しい子ども達の話として出てくる『ぼくんち』。カネの話も面白く読んだので中級編としてチャレンジしてみました。マンガですが毎回毎回命がけの貧しさでヘビイすぎる内容なので繊細な方にはおすすめしません。それでも笑えるのは悲惨さもどん底まで行ったらもう笑うしかないのでしょう。

『誰も知らない』は母親に置き去りにされた子ども達の話でしたが、『ぼくんち』の兄弟もかあちゃんに捨てられます。こう考えてみると育児放棄とか蒸発とか、古今東西意外と起こる事件なのかもしれません。上巻しか買ってなかったため今後の展開の予想をしてみます。ちなみに上巻は 置き去りにされた兄弟のところに種ちがいのねえちゃんがやってきて 「おまたのかせぎで」兄弟を養ってくれる。大好きなねえちゃんに商売をやめてほしい兄は悪いアルバイトをはじめる、で終わります。

今後の兄は悪い仲間とのつきあい→不良→ヤクザ→死の道を歩むと思われます。そしてねえちゃんは兄の尻拭いなんかで商売はやめられず だんだん年をとり商売もきびしくなり悪いことにも手を染めボロボロになってやっぱり死ぬ。それを弟はたくましく乗り越えて成長していけるか?というところでしょうか。

人は自分の生まれた環境を乗り越えることができるのか?家族などの援助や教育なんかの武器なしに戦えるのか?誰でもできるというわけじゃなくて性格的な強さや賢さが必要でしょう。でも優しかったり弱気だったりして貧しさから抜け出せない人も決して悪いわけじゃない。そんな視点も常にあります。あの絵からはなかなか想像できないけど、実は人間を描かせたら西原理恵子なのかもしれません。

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ショックの一冊

今週読んだのはなかなかヘビイな本でした。梁石日(ヤン・ソギル)『闇の子供たち』です。タイの山岳地帯で両親に36000円で売られた8歳の女の子。人買いにバンコクへ連れて行かれ、日本人や欧米人相手に強制売春、そして日本人の子供の臓器移植手術(費用は4000万円)に臓器提供して殺されるまでの物語です。そのほか、過酷な環境で死んでしまった子供たちはゴミ袋に入れられてゴミ処理場に捨てられます。物として売られた結末です。

私は九州出身で、子守唄は「島原の子守唄」でした。言うことを聞かないでいつまでも寝ない子は鬼の池のきゅうすけどん(人買い)に連れていかれるぞーという内容です。意外と身近な地域と昔(せいぜい100年前くらい?)にも人身売買は存在したのでした。いまだに「嫁に貰う」と言う人もいるし。人権とかいう言葉の方が歴史となじみが浅すぎます。

たった今この瞬間にも売買されている人はいるし、人身売買は古今東西未来永劫、なくなることはないでしょう。闇から闇に葬り去られる子供たちの話はリアルでショックでした。でも絶望の世界に暮らす子供たちのことを知ることができてよかったです。著者は私に与えたショックで子供たちのことをずっと忘れさせないようにしたんだと思います。

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揺れる思い

この胸の高鳴りの理由が自分でもさっぱりわかりません。近頃ぐいぐいと私の心を占領し始めた人、高橋克典です。きっかけは暇しかない入院中に読破した花村萬月『たびを』だと思われます。本の厚さは4センチあまり、1000ページを超える小説でした。19歳の男の子(虹児)がカブで日本一周野宿旅をする物語。余談ですが、ホンダのカブってガソリン1リットルで100キロくらい走るらしくて、私は初めて知ってびっくりしました。

虹児(こうじ)は旅をする中で、いろんな人や出来事と出会って自分なりに考えて学んでいきます。ありがちだけどそんな成長の様子が、とてもたくましくて好ましい思いでぐんぐん読み進みました。どうせ暇なので勝手にキャスティングも楽しんでみました。繊細さと かなくなさを持ち合わせて、でも現実と折り合いもつけられる頭がよくてタフなかわいい男の子。高橋克典じゃないですか?!19歳の高橋克典は病院のベッドの上の私を、日本一周の旅に連れて行ってくれました。この夏はどこにも行かなかったら私はまだその旅の余韻にひたってるのかもしれません。

そんなに好きならファンクラブにでも入れば?ってあきれた友人がいうのですが、なんだか踏ん切りがつきません。ファンクラブ活動する時間とお金があったら、自分の役目(家事とか仕事とか)をもっとしっかり果たす方が先では?そっちほうがよっぽどまともな人間になれそうで、ゆくゆくは高橋克典も喜んでくれるんじゃないの?なんて考えたり。でもやっぱり好きだしー、なんて揺れる思いの日々です。とりあえず明日の『官僚たちの夏』でも見て心を鎮めましょう。

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衝撃の一言

久しぶりにブックオフへ。ぶらぶら回っていたら、今まで読んだことがなかった山本文緒 心の姉さんの文庫を発見しました。『日々是作文』という雑誌になんかに書いたコラム集でした。その中に「妹たちへ」という章もあって、ほんとに姉さんでした。

そして衝撃の一言。「ちょっとくらい不幸で何が悪い」です!人生順調にいくのが本当にいいのか、仕事をがんばるのがいいのか、幸せなのがいいのか、なんだかわからなくなってきたので、姉さんは小説でみんなに「どうしたらいいんでしょうか」とたずねているそうです。

私が一番心に残る山本文緒の小説は『ネイキッド』です。あらすじは、今まで人生がんばってきた中年女性が離婚されて仕事も失う。2年間くらい何もせずにいるけど、「もう一度やってみないか?」と昔の仕事仲間に仕事を持ちかけられる。回りの人も昔の彼女に戻るよう期待している。さあ、どうしよう?と考えてお話は終わりです。私だったらどうしよう?

この小説を読んで以来、5年以上も漠然と考えてきたけど、やっぱり答えはでません。ちょっとくらい不幸でも悪くないんだったら、仕事は断って現状維持でしょうか。ちょっとくらい不幸でも悪くないなら、この私だって悪くないです。人をうらやんでみたり、自分の状況を思い悩んでみたりもするけど、私は悪くなーい!この言葉をつぶやけば勇気がでてくる、そんな言葉をくれた姉さん、ありがとうございます!

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参考書

『1Q84』100万部突破。村上春樹は大好きだけど、生活に追われて私はやっときのう『海辺のカフカ』を読み終わりました。相変わらずすごく共感できて、共感部分には参考書みたいにマーカーで線をひきながら読みます。主人公が森に入っていくところは『ノルウェイの森』を思い出しました。ところで『ノルウェイの森』、映画化ですが勝手にキャスティングを楽しんでみました。ワタナベくん、松山ケンイチは異議なし。直子は香椎由宇、ミドリは若いころの小泉今日子、レイコさんは久本雅美!です。

「変わってる」とか「気難しい」とか言われる人物をよく登場させる村上作品ですが、私にはすごくまともな人に思えます。むしろ村上作品を支持する人がこんなにたくさんいるなんて、世の中捨てたもんじゃないんだなと元気がでてきます。

ところで100万部ということは、上下巻なので買ったのは50万人だとします。そして図書館やブックオフで読む人もいるから仮にその10倍の人が読んで共感するとすれば、仲間は500万人。本を読めない子どもなんかをざっと省くと、日本で約20人に一人は村上春樹に共感する。学生の時、クラスに一人くらいは気の合う人がいたからまあまあ計算は合うでしょうか。でも残りの19人は読まないからやっぱり私は少数派ですが。

村上作品に嫌悪感を抱く人がいるのもわかります。作品にはいやーな人もたびたび出てきます。警察なんかの組織のシステムとか残虐な個人とか。その嫌な様子もなかなか面白く描かれて引き込まれます。そんなシステムや人は19人の中に入って積極的に村上作品を嫌うでしょう。こっちだってまっぴらごめんって感じで作家もけっこうしつこく嫌ってます。嫌なものともタフにたたかう、その参考書として私はこれからも村上作品を折に触れて読み返し、新作を楽しみます。

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読書の日々

今週読んだ本は衝撃でした。中村うさぎ『私という病』。私が見かけたのは平積みの文庫本ですが、単行本は平成18年3月刊行ということでした。帯には「衝撃のデリヘル嬢体験記」。ほんとにやってます。週刊誌に掲載されたときはかなり話題になったようでしたが、私はそんなことちっとも知りませんでした。東電OLの存在が背景にあったそうでした。

今まで読んだ中村うさぎの著書の中でダントツに筆圧の強い本。シャネルもホストも美容整形への情熱もこんなに強い握力で握ってきたんだなあと思いました。強く握りすぎて自分の手から血を流してしまうほど。お気に入りのホストからひどい扱いを受けて味わった ナマリの塊を飲み込んだような冷え冷えとした絶望感。また東電OLを知る人は「彼女は闇のようなオーラを放っていて、彼女が黙って隣に座っているだけで彼女からにじみ出てくる闇にこちらが侵食されてしまうような・・・」と語りました。

夜がとっぷり暮れてから車で大きな橋を渡りました。川の水は真っ黒で冷たそうで流れも速い。昼間はのどかで明るくて楽しい景色の川なのです。この本は夜の方の川を見た気分です。ヘタレな私は普段見て見ぬふりをしてる景色。「見てはいけないものを見てしまった」気分。著者は見ずにはいられなかったのでしょう。恐るべし中村うさぎ。

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サバイバル

遅ればせながら読んだ 桐野夏生『東京島』。無人島でサバイバルする集団の話です。著者好みの極限状態の中でどうやって生き延び、島を脱出するか。極限状態については私も時々想像します。例えば戦争含む何らかの災害があったとき、水と食べ物、寒さ暑さをしのげる寝場所を確保し、生き延びるためにはどうしたらいいのか。

思い出すのが、アジア人がよくやっている?金のネックレスとか歯です。私好みなのは、ジミで目立たないけど実は資産価値ある指輪なんかがいいのです。でもいざというときは金持ちの人が好んで買ってくれるような ある程度わかりやすいブランド名なんかが書いてある金目のものの方がいいのか。迷うところです。

西原理恵子先生は「華僑の生き方に憧れる」そうです。自分の国も法律も信用せず自分の家族しか守らない彼ら。『東京島』でも日本人と中国人の集団が対照的に描かれます。サバイバルに優れるのは断然中国人。ほかの作品でも中国人集団はすごく優秀な職能集団として描かれていました。ハングリー精神っていうのか?私はなかなか実感する機会がなく残念です。

私のサバイバル法も働くことしかないのですが、今の体力なし根性なしの状態ではとてもとても生き抜くことはできません。指輪探しと同時にしぶとくふてぶてしく貪欲になることも時々は考えていこうと思います。

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我慢の本

先月今月 我が家では冠婚葬祭の特別出費がかさみ、ヒジョーに厳しい家計状態となっております。それに追い討ちをかける物価高。ガソリンなんて100円以下の時代もあったのに170円・・・。モノの値段が上がることは品質も上がるからだとの思い(願い)は断ち切れました。モノの値段はその価値ではなく相場(モノが少ししかないか、ほしい人がたくさんいるか)で決まるものだったんだと。とにかく出費を抑えるために買い物はできないのです。気持ちが沈んでいきそうだったので、せめてものなぐさめに昔の本を引っ張り出して読んでみました。お買い物といえばこのお方 中村うさぎ『だって、欲しいんだもん!』と『ショッピングの女王』です。

 ゴルフとかサッカーとか野球とか 私はプロのスポーツを見ることはほぼないのですが、この方のショッピングはもはやプロのプレーだと思います。選ばれた素質とそれを日々研鑽する才能をもった人(被服費に年間2000万使ったそうです)。だれにでもある物欲とか虚栄心、モノを買う瞬間の高揚感、買った後の虚脱感や後悔。これを人の何倍も強く持ってリアルに強烈に表現してしかも笑わせてくれる。さみしい心を束の間まぎらわせてくれる麻薬(というより煙草に近い)みたいな本なのでした。そうしてるうちに買いたい心は忘れるでしょう・・・。

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邪魔モノ

 近くのレンタルビデオ屋さんにレンタルコミックのコーナーができました。新作もずらーりで、自分で買ったりはしないけど、機会があったら読みたかった本『光とともに・・・』を最新刊までずずーっと借りて読みました。『光とともに・・・』は 自閉症児を抱えたお母さんとその家族が奮闘する話で、教育的な内容なので図書館でもたまに見かけます。ドラマ化もされたらしく、清く正しくかわいいお母さん役は「のりピー」だったそうです。ぴったりです。品行方正な内容にもかかわらず、へそまがりな私でさえぐいぐいひきつけられ、時には涙さえしてしまうストーリーはたくさんの人の実体験と丁寧な取材の賜物なのでしょう。

 マンガの趣旨としては、多分「いろんな人の違いをお互い認め合っていきましょう」というようなことだと思われますが、私が興味を引かれるのはそれとはちょっと別のことです。今回「おおー」っと思ったのが、「マイついたて」といいましょうか。自分が座る机の前におく目隠しみたいなもので持ち運びができる囲いです。自閉症の光くんもこれがあったら落ち着いて食事ができるかも、というグッズ紹介でした。音や刺激が自分では選べなくてがんがん入ってくるとつらいので、自分の周りを少し囲って刺激を減らします。囲いの中は自分の場所。なるほど「家」って外からの刺激から自分を守るためにあるんですね。

 何を刺激(邪魔モノ)とみなすか?の範囲が人それぞれで、私もけっこう広範囲なのかもしれません。しかし世間にはまだまだ刺激がいっぱい。まだまだ続く物語、『ガラスの仮面』以来といっていいくらいの楽しみです。

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なぜ秋子は幸江を捨てたのか?

 名作 業田良家『自虐の詩』の感想文です。

 「おかあちゃんはどうして私を捨てたのか?」と幸江はずっと考え続けたんだと思います。そもそも母親(秋子)が幸江のもとから去ったのは本当に幸江を捨てたからなのか?考えられる秋子が去った理由①幸江の父親(家康)にほとほと愛想を尽かした。(でもそれなら幸江も連れて逃げられたはず) ②他に男ができたので家康と幸江を捨てた ③さみしがりやで一人ではダメになってしまいそうな家康のために幸江をおいていった。家康をまだ愛する気持ちがあったから。

 母に捨てられたと思っている幸江は、幼いころから「愛されること」を必死に求め続けますが裏切られ続け(父にも)、悲惨な生活は大人になっても続きます。夫となるイサオと出会って、幸江は何故か猛烈にイサオに好かれます。幸江がイサオに(シャブ中で立ちんぼの)「私のどこがいいの?」と聞くと、イサオは「あなたのすべて」だと答えます。二人は一緒に暮らし始めますが、いつしか立場は逆転し イサオは無職でギャンブルに明け暮れ酒を飲んでは暴力・喧嘩をくり返し、幸江に食わせてもらう日々です。でもイサオなりに幸江を愛し必要としています。こんな生活の中 幸江は妊娠します(周囲の人は誰もおめでとうとは言ってくれないけど)。自分が母になることで、自分は確かに母から愛されたのだということに幸江は気づきます。世の中に起こるすべてのことには 幸・不幸では計り知れない等しい価値がある。「人生には明らかに意味がある」というラストです。このセリフに真実味をもたせるために著者は幸江に並々ならぬ不幸を負わせ続けてきたのですね。幸江、かわいそうに(でもギャグマンガだからさらっと読めます)。

 幸江のもとから去った本当の理由は秋子にしかわかりません。幸江にもわかりません。しかし母が去ったことも含めすべてを受け入れることができて初めて幸江は確かな愛を手に入れました。みっともなくて悪いこともする人(父親・イサオなど)を受け入れるし そんな自分でも受け入れてもらえる、そこからすべて始まるのです。つらい事とうれしい事、表裏一体。

 これ全部が四コママンガで展開されます。まだの方、ぜひご一読あれ!

 

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読書感想文2

 最近読んだ本は、ねぎこちゃんにかしてもらった 山本文緒『再婚生活』です。病床にあってしばらく休筆していた著者の日々の日記です。巻頭には ベッド、仕事机、ネコ、編んだマフラー、たばこ、プールの写真。こんな日々だったんですね。

 才能あふれ、精力的に仕事をこなし、お酒とタバコとおいしいものと旅行と買い物が大好きな 私にとっては気のいいお姉さん的存在の著者ですが、ここしばらくは苦しい日々だったそうでした。深酒したり激しくぼんやりしたり入院したり退院したり。病気に対する著者の自己分析としては、愛情にも金銭的にもとても飢えていたのでいくら与えられても足りない気がして余裕がなくていつもテンパっていた。自分のベクトルの先(何をして どんな風になりたいか)わかならくなって虚ろになる。しかし現状のいろんなことを認めて解決して治す。そしてこれからどうするかを考えていく。という心の痛みの流れを 血で書いてるのかと思えるくらいリアルに書いた文章です。それにぐいぐい引き込まれて読んでいく私。きっと小説もこんな風に命を縮めて書いていたんだと思いました。

 人を楽しませるって選ばれた人にしかできないけど、選ばれた人はたくさんのつらい目にあわないといけません。「王子(再婚した旦那様!)と手をつないでいるときだけ 私はヤマモトフミオではなくなるし、王子も会社のヒトではなくなる。」「この日記では最初から最後まで「王子にしてもらったこと」ばかりが書いてある気がする。」と最後の日にはあります。選ばれてしまった人、ヤマモトフミオではないリアル姉さんの生きる道。草葉の陰からそっとご健康ご多幸お祈り申し上げております。

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ファンレター

 今読んでいる本は、林真理子「なわとび千夜一夜」です。週刊文春で連載されたコラムの2006年のまとめです。私はわりと熱心な林真理子読みだと思います。今回もそうですが、私にとって林真理子の本は贅沢なおいしいおやつです。手に取るやいなやがつがつと食べ始め、ページの残りが少なくなるにつれ あーもうなくなる・・・と名残惜しくてさみしい気持ちで食べ進めるような。この本は連載1000回を記念する本だそうです。1000回書く間にいろんな状況が変わりましたね。時代の先端を行くキャリアウーマンから ステータス、財産、幸せな家庭、作家としての確固たる地位を手に入れた現在まで。たくさんのものを手に入れたい、豊かに暮らしたいっていう上昇志向が強く、それをあらわすように描く小説の主人公のステータスも上がっていきました。みじめなOLや平凡な主婦からそれよりワンランク上の人々を描くように。私としては自分の知らない世界を覗けて 主人公に感心したり意地悪な気持ちになったりして楽しんでいます。いつもパワーに溢れ 私にとってはずいぶんと手の届かない遠い存在になってしまったお姉さんだけど、きっとこの先もずっと大好きでこれからも応援していきたいです。

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 このところの雨は森のにおいがします。若葉が芽を吹いて育っていくパワーが「森」の雰囲気を感じさせるせいでしょうか。なぜか最近ビートルズの「ノルウェイの森」が私の頭の中で流れて、その不思議で奇妙な曲と私の気持ちがシンクロするようになってきた気がしたので ふと思いついて村上春樹の「ノルウェイの森」も読み返してみました。以前は「ノルウェイの森」の感想文を書くときは感傷的な文章になるだろうと思っていたけど、この年になって読んでみると まるでパズルかミステリーのような論理的な話に思えました。私はレイコさんと緑が好きだったので久しぶりにチャーミングな二人にも会いたくて読んだのに、なぜか以前は意味不明だった直子の言葉の意味が私の頭の中にすんなりとはいってくることにびっくりしました。論理的と感じたのは、直子が必死に誠実に冷静に自分の心について、身の回りにおきる出来事についてを考えていたからだと思います。

 初めて「ノルウェイの森」を読んだのはベストセラーになってずいぶん経ってからでした。最初の感想は この本が世の中にこんなに広く受け入れられるなんて世の中まんざら捨てたものでもない、まともな人間も多いってことか?となんだか不思議な気持ちになりました。こんな雨の日曜日はうっとりと「阿美寮」のことを思います。うっそうと茂った山深い立地、新鮮な空気と清らかな水。規則正しい生活と適切な運動と農作業、読書。こんな理想の環境ではあるけど、その周りにある森は暗くて深くていろんなものを含んでいそうで特に冬とか夜なんかこわいったらありゃしません。どんなに力を振り絞って考えてみても 人の力では及ばない何か、そんな畏れがこの曲にも流れているようです。理性と感情、この二つの感覚を忘れずに持っていようっていうのが今の私が読んだ感想です。

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ヤラレタ・・・『パーマネント野ばら』

 西原理恵子著。オビには 「私の家はパーマネント野ばら。山あいのハウス農家のおばちゃん達のパンチパーマを一手に引きうけます。」 子連れ出戻りのなおこ、その母、友人のみっちゃん、ともちゃん、他大勢のそれぞれパンチのきいた人生が繰り広げられます。

 登場人物を二つに分けると、男なしで歩く組 と手を握って一緒に歩いてほしい組。アガリは男なしで歩く組なのですが、二つの境界線はかなりあいまいで それぞれが行きつ戻りつじたばたする人生の哀しみと苦しみとおかしみを描きます。

 男必要のなおこ達組は、自分達は何も持ってないにもかかわらず 相手には 愛してほしい、自分を理解してほしい、許してほしい、自分のことを覚えていてほしい と求めます。同じことを何度も繰り返し求めるけど与えられることはない。それもわかってるけど求めずにはいられない。

 お母ちゃんは好きにしたらいいと言います。そばに好きがあったら毎日正月。お母ちゃんは 山奥でゴミをあつめてくらしているじいさんとばあさんを 「好きな人とお気に入りのもんにかこまれてくらす」ってうらやましいと言います。お母ちゃんの子供のころの夢は、だいすきな人とお花畑でくらしたかったから。だから今、お母ちゃんのまわりは花だらけ、孫娘となおことみっちゃん、お店のお客さん。お母ちゃんと私のお店の名前は『パーマネント野ばら』なのです。

 

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『恋愛中毒』感想文

この本を読むことで発病してしまいそうな友人には極力遠ざけていたい一冊です。この本に呼び覚まされることなく、平穏無事に人生を過ごしていってほしいです。改めて文庫を買って読んでみたら、私が主人公と同い年になっていたことに気付きました。主人公みたいな ひたむきさも賢さも繊細さも根性も足りない私ですが、「これは私だ」ってやっぱり思いました。登場する男は 単純で無神経で遊び人で冷淡で薄情で幼児的でうぬぼれやでプライドが高くひどい男もいますが、現実を受け入れ 守るもののために黙って働いて、主人公を何回かは助けてくれました。一方 主人公はというか私は、性格的に子どものころから周りとうまくやっていくことができなかったせいなんかもあり、自分だけひどいめにあわされているという気持ちをずっと持ち続けてきました。無神経な母親や周囲との確執、というかひがみ。でもこんなひねくれた私を助けてくれる人がいた。だからといって頼ったりすがりすぎたらいけなかったのです。私のみにくい執着心やエゴイスティックな言動の数々、細微に思い出したらそれこそ毒が回り心身を蝕みそうで、私の記憶はここらで降参です。そこから先へは踏み込むなと脳が言ってます。わかっちゃいるけど求められずにいられないのが主人公でした。感想文といっても結論はナシです。ただこの先も私の中でこの主人公はずっと生き続けて、折に触れて思い出したり読み返したりしながら、わからなかったことが理解できるようになったり、心が離れてしまったり その時々でいろんなことを思ったりしていくのだと思います。

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『下流社会』 るきさんと私

 笑いと涙の興味深い本を読んだのでご紹介します。タイトルは かりゅうしゃかい と読みます。下流社会とは著者の造語で、意味は 食うや食わずの生活ではないが 中流であることに対する(生活・消費・教育・働く・コミニケーション)意欲・能力の低い人。結果として所得が上がらず、結婚もできず、だらだらと歩きだらだらと生きる人、だそうです。きっついでしょう。私はパシッと頬を叩かれた気がしました。言葉の暴力です。

 著者は三浦展。経歴は パルコ入社、マーケティング情報誌「アクロス」編集長など勤めた人です。消費させてなんぼの立場からの 人間・社会 観察考といったところでしょうか。この本を手にとった理由は新聞で心にひっかかる2つのコラムを読んでいたからです。

 一つ目は、「自分探しを超えて」というタイトルで、ニートの分析のようなこの本の要約のようなコラムが数回連載されました。内容は、他者とのコミニケーションをとるのが苦手なオタク的な若者はよりよい就職もできず低所得で階層意識が低く(自分を上中下の下だと感じる)結婚もできない という衝撃的な内容だったので、苦情でも多かったのでしょうか、なぜか突然、という風になくなってしまいました。読んでいた私自身も身につまされる部分もありショックを受けながら読んだものでした。人は事実を言われると傷つきます。こんな人々はまちがいなく増えています。

 二つ目は、同じ著者の『「かまやつ女」の時代-女性格差社会の到来』という本の紹介コラムです。かまやつ女とは「昔の中年男のような帽子をかぶり髪型はどこかもっさり、服はルーズフィットでゆるゆる、だぼだぼ、スカートをはく子はほぼ皆無」「その風体がまるでミュージシャンのかまやつひろしのよう」な女性。上昇が見込めない人がラクな方へ流れているということでした。昔はというか 地方に住んでいる女性はゆったり楽な服装で都会に住む女性はタイトな服装というイメージがあったのですが、都会でも楽な服装の人が増えてきて服もあんまり売れなくなったということでしょうか。企業の広告に踊る人々は今後ますます少なくなっていきそうです。

 格差社会とは近年よく耳にする言葉です。成果主義型賃金体系や所得格差が広がることで学力格差が広がる。中が減って上と下が二極化する。教育や就職のチャンスが平等に与えられない格差社会はもちろん是正すべきでしょう(著者の考察に賛成)。さらに著者は、今はまだ自分で努力すればどうにか改善できる格差社会なのに自ら選んで下流でいるなんてほんとに将来あんたら大変だよと言いたいのでしょう。ちなみに収入や消費に対する私の階層意識は「下」です。下流度チェックでは9~11もマルがつく。しかし私含む団塊ジュニア世代には収入や消費と同格くらいに大切なものもある(それこそ自分らしさとか個性とか自由とか)、と洗脳されてきた世代でもあるのかもしれません。だからプラスマイナスであんまり下流社会にまだコンプレックスは持たないのかも。少ない収入ゆえに消費にはあまり熱心にはなれないのでから内需拡大は進まない。国にももちろん頼れない。私ってこれからどうやって生きていこう?次回は 私が愛する るきさんの暮らしをご紹介します。

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ごひいき『細雪』

桜の季節となりました。桜といえば『細雪』。姉妹のご贔屓お花見コースを書き出してみましょう。土日の二日にわたって行われます。

土曜夕方  都踊りを見物後 祇園の夜桜。

日曜午前  嵯峨から嵐山。 広沢の池、大沢の池、大覚寺、清涼寺、天竜寺の門の前を通って渡月橋の袂に出、大悲閣or三軒家or法輪寺で弁当開き。野の宮、厭離庵、清涼寺探索。

日曜午後  市中へ、平安神宮、神苑。「神門を入って大極殿を正面に見、西の廻廊から神苑に第一歩をふみ入れた所にある数株の紅枝垂」、夕空にひろがる紅の雲を仰ぎ見て「あー」と感歎の声を放つ。 

一年を通して芦屋周辺の四季折々が、手書き友禅の如く感情細やかに描かれる『細雪』ですが、姉妹が一等好きなのはなんと言っても桜の季節。私が最も愛してやまない物語です。どんなにうちひしがれようとも『細雪』を読めば 束の間現実を忘れ、はんなりとした世界に慰められます。私には『細雪』があるもん。『細雪』を読んでいればその間はつらくないもん。私の棺桶の中には 新潮文庫『細雪(上)』を入れてもらいましょう。私もこの姉妹のように心細やかに扱われたいなーんて願望の現われなのかはわかりません。それならば私も周囲の人々に繊細な心配りをしようではありませんか。時間を守らない、声が小さい、ぼんやりとした意思表示、いやならてこでも動かない、悲しかったらめそめそ泣く(妙子は泣かないけどすんごい不良娘)。30過ぎてなんちゅう社会性のなさ。いくら美しい娘達といえどもこんなのを30年以上も守れる器の大きさってなんたる甲斐性でしょう。

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今さら『ナニワ金融道』

 今さら初めて 青木雄二『ナニワ金融道』を読みました。奥付には初出91年とありますので15年前のお話。91年の日経平均株価は約25000円。89年の38000円ピークから92年14000円にずずっと下がる時の バブルがはじけた、データ上で見るだけでもおぞましい時代です。すべてのお話のキーワードはお金。お金が人々を生かしたり殺したり夜逃げさせたり身を売ったりさせます。

 内容はもちろん、絵もていねいで力強いです。ビル・家・車 すべての動産・不動産(モノ)が薄汚れて書いてある絵。出会いは遅かったけれども、この先の人生、この絵を忘れないでいようと思います。小さくて薄汚れてしみったれて貧乏くさい。おそろしく人の居つきが悪く、誰からも失望されてほったらかされる。それがたまりにたまって身動きとれない。そこで人々は我慢しているけれど、やがてあきらめやけになる。こんな会社も家庭も全国にいっぱいあるはず。私もこのまんまの会社で働いたことがあるのでわかるのです。

 この世界のことは、たいていみんな人に言えない、言ってはならない、黙っていた世界でしょう。そういう世界から守られてる人もいるし、この世界で日々生きてる人もいる。甘っちょろくて申し訳ないのですが、今さら思い知ってしまいました。

 私が好きだった人は、印刷会社を倒産させた薄井毛利男の奥さん。4畳半一間のごきぶり荘を夜逃げするのに、後に住む人のためにきれいに拭き掃除した奥さん。思い出しても泣きそうです。そんな人もたくさん出てきます。そういう人に私もなりたい!

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