ぼくの好きなおじさん

同窓会のハガキがきました。こう見えても?わたくし、けっこうないじめっ子だったため合わせる顔がなくて同窓会には参加しません。先生も嫌いだったから未だに会いたくないです。

先生にはろくな思い出がないのですが、そういえば一人だけ面白かった先生がいました。中学の頃の隣のクラスの担任の先生で、意外と体育の教師でした。体育教師は生活指導なんかさせられがちですが、その先生はまぬがれてたと思われます。給食はおいしくないからと言って毎日近くの喫茶店へ、ホームルームの時間はパチンコに行ってて帰ってきません。ここらへんで想像がおつきでしょうが、パンチパーマにサングラス、さすがにタオルの鉢巻までは巻いてませんでした。

ある日父母と教師の懇談会(宴会)で、なぜか私のことを褒めてもらえたと母がうれしそうに話したこともありました。多分先生は酔っ払って誰が誰だかわからなくなってたのでしょう。お褒めの言葉も「あの子はすごくいい子だ」だったらしいし。まあ、おかんごときは簡単にだませるけど、ほめるなら具体的に言ってもらいたいもんでした。

とにもかくにも なんか相通じるものがあったのか?お互い好意を持ち合っていたものの特に交流もないまま、先生が若くして病死されたという風の噂を聞きました。今の私だったら、先生にランチとか釣りとか連れて行ってもらってたかもしれません。先生のことだからスケベ心もあるだろうけど知らん振りしてわがままいって甘えるでしょう。好きで気の合うおじさんなんて人生であんまりできるもんじゃないのに、惜しいことしました。

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月の話

とっくに過ぎましたが、みなさま10月4日、今年の中秋の名月はご覧になりましたか。冷え込んできた日だったので、私はベランダから顔だけ出してチラミでした。それでも冷え冷えとした空気の中 すごい光を放っていました。

さて、私の心のよりどころとなるまでに楽しみになってきたヨガです。毎週先生はいろんな話をしてくれます。先週は月の話でした。それによりますと、「きのうは新月でした。新月は月の姿が全く見えなくなる状態です。逆にまん丸に見えるのが満月ですね。新月から満月に満ちていく時は、人(女性)もエネルギーに満ちて太りやすい状態になっていく時期とも言われているんです。なので気をつけてすごしましょう。逆に満月から新月の時は 食べてもあまり太りにくい、ダイエットに適している時なんです」ということでした。

私の友達に釣り好きがいて、その人は潮見表を持ち歩いています。うろ覚えですが満月の2日後くらいが大潮?で魚がよく釣れるらしいです。ちょっと見せてもらったら、月齢カレンダーみたいなちょっとおしゃれな一枚でした。それで「オレルール」みたいな「私暦(わたしごよみ)」を月の満ち欠けを基準に過ごそうか、なんて考えました。

それというのも、毎日がちゃがちゃ暮らしていると 最近の私は今が何月何日なのか、季節がどっちに向かっているのかもとっさにわかりません。まあ、月の満ち欠けをカレンダーにしたところで何月何日かは相変わらずわかりませんが。そこは業務用と割り切って、日々の生活に流されないように私暦で暮らす。イスラムとかインドの国々気取りで、なんだかロマンチックな空想でした。

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やっぱり話が合わない

ヒジョーに常識的で良心的な友人と最近話が合わなくなった、と書いたのは1ヶ月ほど前だったでしょうか。またまたその事態に出くわしたので続編を書きます。今度話が合わないと思ったのはいとこです。ゆるさ加減でウマが合い、かれこれ20年近くも交流を続けてきたのに、一体なんということでしょう。

いい人の友達と気が合わなくなった原因は、私がいい人ぶるのに疲れたからです。最近なんだか忙しくなったので、わざわざ時間を作って会いに行き、だれかれの近況を聞きあい「あらーよかったねー」なーんて世間話してる場合じゃないのです。そして噂話が大好物のいとこ。自分のことは棚にあげて、人の不幸話に盛り上がるパターンにもさすがに飽きてきました。要は「疲れた」と「飽きた」でした。

ところで日経土曜日の特集「U-29」(29歳以下の世代分析)での若者発言はなかなか面白いのです。最近笑ったのは選挙がテーマだった回、「政党名はわかりやすいように『若手党』、『おっさん党』にすればいい」だそうです!こんなに楽しくてみずみずしい発言を聞けるなら、どんなに忙しくても貧しくても喜んで焼肉ご馳走するんだけどなー。

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心のメッセージ

ファミレスで一息入れているとき、若ママグループと隣り合わせました。若ママたちの年のころは20代中盤から後半、子どもたちはまだ小さくて2才くらい。総勢7.8人です。「うわーうるさそう」と思ったものの席を移るわけにもいかず、せっかくだから知らんぷりで観察してみました。

若ママたちが盛り上がってる話は内輪ネタなのでほとんど私には理解できず。まっすぐなのもふわふわなのもあるけど、みんなけっこうな茶色の髪です。髪が痛みそうで私にはちょっと無理な色です。20代といったら華やかなバブルは知らない世代でしょう。みんなキラキラした髪飾りとかしてかわいいけど華美な印象はありません。メイクは割合しっかりだけど、ほどよく力の抜けた地味目の服です。自分の収入とか身の丈にあった現実的でちゃっかりした暮らしをしてるのでしょう。頼もしい限りです。ちょっとだけバブルの感覚は知ってる私のほうがいつまでも地に足がつかない気がします。海外旅行もブランドもグルメも大好き。

さて、こんな若ママ世代とかかわり合う時が来たらどう接しましょう?友達仲間として付き合うのはちょっとお互いきつそうです。ゆるかわいい服は私も好きだけど、ちょっとはきちんとしたかんじの服で、私の年とか容貌のハンデをうめましょう。そしてちょっと高めのアクセサリーをつける。ダイヤのネックレスやピアスなど。これは見せしめのため。ちょっとだけ距離を置いてつきあおうね、のメッセージです。

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素敵な40代

ちょっと前に、村上春樹氏がネットで読者の質問に答えたQ&A集の本を読みました。その中の質問に「40代で素敵な女性って具体的にどういう女性なんでしょう?」というのがあって、村上氏はすごくシンプルに「やりたいと思う女性でしょう」と答えていて、なるほど!と感心しました。内面の知性と優しさがどうのこうのとかいうよりも よっぽど親切な答えです。

というわけで、私の周りにいる40歳以上で「やりたい」と思わせる女性は何人いるか数えてみました。条件はテレビの中の人は除く、今現実にいる人で、ここ5年くらいの間に自分とかかわりのあった人です。私の結果は5人。内訳は前の職場の先輩・同僚、その職場の社長夫人、看護婦さん、ダンスの先生です。美人の人もいるけどそうじゃない人もいる、優しい人もいるし意地悪なところが魅力的な人もいます。でも共通してるのは笑顔が優しい、清潔感がある、シャレがわかる、ていうところでしょうか。そして一番大事なのは「ぐっとくる」こと。

私の「ぐっとくる」傾向は、ちょっとだけ隙があることです。なんかナンパ術みたいですが。隙があるって人間らしくてかわいいし、自分を受け入れてくれそうな可能性もあるかなあと思わせるような。私も「素敵な40代」にぜひなりたいです。私が想像する自分の40代は、なんか生活にいっぱいいっぱいで疲れ果ててイライラもしてそうです。疲れた色気、もなかなかいいとは思うけど、もうちょっと余裕もって隙間もつくっていきたいものです。

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今日もがんばるぞ

我が家の隣は駆け出し中古車屋さんです。敷地は車が20台ほど停められるくらいの広さでしょうか。そこに列車のコンテナみたいなプレハブの事務所と吹きさらしの作業場、そして同じく吹きさらしの売り物の車が10台くらいあります。それでけっこうキチキチなのでお、客さんの車は路駐です。地面はコンクリではなくて、石を敷き詰めた「がたがた道」。敷地の端っこは整地した土が積んであって小山になって草がぼうぼうはえてます。経営者は自衛隊あがりっぽい30代のお兄さんと整備士っぽい役割の20台のお兄ちゃん、見たところその二人でやってるみたいです。お客さんはちらほら。

田舎によくある中古車屋ですが、何にもないゼロから始めてる様子がよくわかって、なんだか自分のことのように興味をもって毎日眺めています。そしてこの前、私の車のタイヤのねじ緩みをタダで直してくれたから今年の車検は隣でお願いしようと思ってます。

カラッと晴れた夏空の朝、大きいクレーン車みたいなのがやってきて、他の仲間も4.5人加わり、作業場の屋根つくりと事務所、商談室の増設なんかをみんな汗だくでやってました。汗だくだけどお兄さんは満足そうな誇らしげな笑顔です。更地から始めた商売が徐々に大きくなっていく。ツナギきて真っ黒に焼けて、きっと毎日「今日もがんばるぞ」と思ってることでしょう。がんばってー!

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この夏の日々

私の家の隣のぼろい借家に住んでる老夫婦の話です。家の風情と夫婦の風采はまるでドリフのコントです。昭和30~40年代、子どもがいっぱいいて いかりや長介がお母さんでお父さんはなぜかいつも不在。ほんとにその通りで、おじいちゃんの話によりますと、酔っ払ってよく喧嘩して留置所に入ってたそうです。今は夫婦で悠々自適の日々。おじいちゃんは4時を超えると焼酎くさく、時々びっくりするくらい甲高い声で怒鳴りあいの喧嘩をしています。越してきてやがて一年になるので、ぼちぼち挨拶を交わすうちにおすそ分けをし合う仲になりました。老夫婦の小さい家庭菜園には夏の野菜がわんさか。ナス、トマト、きゅうり、ゴーヤ。いっぱいおこぼれに預かりました。話の切り上げが下手な家人が駐車場に行くと、たちまち夫婦につかまりゴーヤの栽培方法から生長記、料理法までさまざまなお講義を賜ります。それを二階からにやにや笑って眺める私。

うちの反対隣には大きい川が流れています。ある日おじいちゃんが社員証みたいなものを得意そうに首からぶら下げているので「それ何ですか?」と聞いたところ、「遊魚?許可証」だとのこと。川で魚釣りをする時はこれを買わないといけないらしいのです。3000円なり。「鮎を釣ってきてあげる」ということだったので、期待せずに「はーい」と返事したら なんとその日のうちに小さい鮎が6匹やってきました。それから毎日届く届く。思ってもみなかったうれしい夏でした。ある日は気が向いたので ちょっと話につきあうと「この川ではうなぎも採れる。私の若い頃は腕くらいのうなぎがわんさかで、もう腹いっぱい食べた。うなぎが取れたら私がさばいてもってきてやる」とのこと。うなぎって食べに行くか海外産か静岡あたりのをお店で買ってくるものとしか思ってませんでした。でも土用のうなぎは昔からの習慣だし、昔は各地でうなぎが採れてて、みんなそれを料理して食べてたんですよね。はてさて、果たしてうなぎは来るでしょうか?

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リアル短冊

もうすぐ七夕です。すっかり忘れていたものの、キャラメルコーン七夕限定パッケージにて思い出しました。パッケージに小さい短冊が印刷してあって、そこに願い事を書いてお菓子ごと笹に釣り下げるんでしょうか。

私もいくつか願い事を考えてみました。「病気や事故にあわず健康でいられますように」的な無難な願いから始まって、「お金・時間がほしい」、「酔いつぶれるまで飲みたい」「思いっきり泣きたい」、果ては「人生もう一回やりなおしたい」っていうリアルでヘビイなお願いまで行き着いてしまいました。いくら一年に一回といえども これじゃ天の神様を困らせてしまいそうです。

じゃあ ささやかな願い。「一人にさせてくれ」「バーゲンでかわいい服がみつかりますように」「いいヘアパックはないか」「なんかうまいもん食べたい」、まだまだありますが 決まりはこれです。「ベランダのハト、あっち行って!」

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お美人さん

私が今まで知りあった中で一番の美人は、入院してたときの看護師さんです。寺島しのぶ似のちんまり整った顔立ちに いつも丁寧にお化粧を施した美人さんでした。毎日は朝6時の採血から始まりますが、寺島さん(実名はちがうけど)が採血担当だったら「ラッキー!」でした。美人に起こされるって得した気分です。日本的な顔の美人なので、着物なんか着せて隣に座らせてお酒飲んだらいい気分だろうなーなんて思いながら寺島さんのことを目を細めて口はにんまりしてみてました。患者だからある程度の無礼は許してもらえるのです。

ところでお医者さんの奥様って美人が多いですよね。お金や社会的地位なんかがあると結婚を望む女性の数も多くなるから選べる幅が広がる。となると見た目のいいのを取る。ごく自然な流れです。でもお金と地位が好きで集まった中から選んでしまっちゃ、あなたの取り柄は金と地位になるんじゃない?なーんて意地悪に考えたりもします。お互いの人間性に惹かれて結婚しました!っていうんだったら、お医者もサラリーマンも美人の奥さんを持つ比率は同じになるはずですよね。

とにかく美しく生まれたことに罪はありません。くったくたに疲れて飛行機に乗って、キャビンアテンダントさんの美しさにうれしくなってなんだか元気になれるのはチケット代に含まれてるサービスだと思います。

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話が合わない

いい人なんだけど話してて疲れる、お互いの感情と笑いがいまいちかみ合わない。いわゆるウマが合わない人がいます。半ば義理でつきあいが続いてる高校時代の友人、その人は何かって言うと「みんなで集まろう」って言います。その友人の友人。看護師で休日はゴルフに飲み会にパワフルな毎日だそうです。あと生協班の班長!子育て真っ盛り、幸せも真っ盛りみたいです。私だっていちおうは会話と笑顔を続ける努力はします。お別れのときは「楽しかったね、また会おうね」などとは言うけど実は毎回くったくたです。そこで決心しました。これからは嫌われてもいいから自分から無愛想にフェイドアウトしていこうと!

私とウマが合わない人の傾向は、いわゆる「いい人」です。説明の必要がないほど一般的ないい人の定義にぴったりとあてはまる人。逆に私が好きな人、たとえ話さなくてもにおいで「なるほど」とわかる人たちの傾向は「へんな人」です。へんな人もいろいろいるのでこれはご説明しましょう。口は悪くても根は善意の人、でもいい人に見られたいとは思わない人。何をやってもついつい自分独自の発想でやってしまう人。その結果なんだか他人とはえらくちがってしまって周りから「へんな人~」なんて思われてしまう人。まあ僭越ながら私自身が「へんな人」なので「いい人」と話が合わないのは当然のことなのでした。

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ちゃんとした人

日経土曜版のお楽しみ紙面、今日のゲストはピーターでした。最後の晩餐は何がいいですか?との質問に「炊きたてのご飯とサバ」とのお答え。萬田久子の答えはたしか「母の作った塩むすび」でした。私は「寿司」です。やっぱり米はかかせません。中国人だったら「お母さんの餃子」?アメリカ人だったら「お母さんのパンケーキ」?ってかんじでしょうか。

ピーターは湘南に別荘があって、海の見える台所で料理をするのが好きだそうです。どんなに疲れていてもありあわせのもので手早くおいしい料理を作る。精神力というのか?気持ちがしっかりした人じゃないとなかなかできる芸当じゃありません。日々の鍛錬。毎日おけいこ。いくら実家が日本舞踊の家元でも、強い精神力が身につく人もいれば そうじゃない人もいるでしょう。タレントでも政治家でも経営者でも2世でものにならないのもいっぱいだし。ピーターは男なのか女なのかわからないけど、ちゃんとした人なんだなあというのはわかります。知れば知るほど逆に「人間は生まれじゃないんだ」と思います。

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ゴミの日に思う

月・木が燃えるゴミ、火曜は紙、水曜は缶、金曜は燃えないゴミ、どの日もとっても待ち遠しいくらい私は物捨てがだーい好きです。そしてゴミ収集所を見るのも好きです。買う時はきれいにディスプレイされてアイロンかけたりぴかぴかに磨かれてた物が、汚れてよれよれになって捨てられてます。クリーニングして売り場にディスプレイしたら意外にまた売れたりして?なんて思いながら私のゴミもその仲間に加えます。

そもそも物ってゴミなんじゃないかと思ったりもしますが、他人のゴミが私の宝物になることもあります(古本など)。きのう『徹子の部屋』で「イギリス人はすごく質素に暮らす」「モノをあんまり捨てず、新しいものも次々買わない」っていうおしゃべりをしてました。なるほど、イギリスには行ったことないけど食べ物も質素らしいし堅実な暮らしぶりがうかがえます。そしてヨーロッパといえば「蚤の市」!ぜひとも覗いてみたいものです。物捨て好きの私は物欲が薄いのかと思いきや、実は物好きなのかもしれません。これがほんとのモノズキか。

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悪意のOL

昼間に家にいると、ドロドロの木曜10時ドラマの再放送にでくわします。私が見たのは内館牧子脚本の『年下の男』です。ヒロインは稲森いずみで、意中の人(高橋克典)と自分の母(風吹ジュン)が不倫する話。何年前くらいかは定かではありませんが、いっとき内館シリーズのドロドロもんがはやりましたね。『都合のいい女』とか『週末婚』とか。

内館牧子の本でよく描かれてるなあと関心するのは普通のOLの悪意です。会社が女を意地悪にするのか、それとも女性の集団のせいか?私は本来集団行動をすると酸欠になりそうなくらい苦しくなるので、自己防衛のためなるべく集団には近寄りません。集団でおしゃべりしてる女性グループには笑顔であいさつしてそそくさと立ち去り、心の中で「ブス連、うるせー」と捨てゼリフです。まあブス連は好んでおしゃべりしてるからいいとして、悪意のOLは深刻です。給料と保障で飼いならされてる独特の閉塞感。そこにいなきゃいけない我慢で性格がつっかえてひねくれてしまうのか。私がOLのときはかなりリアルに感じていました。私は根性なしだからそうそうにドロップアウトしたけど、でも勤め続けてたらボーナス額はこれくらい?なんて勘定してしまう自分もいます。ボーナスか悪意のない暮らしか。人によって選択肢はさまざまでしょうが、悪意って自分も人も蝕んで、きっと私の中では何にも生み出さないから。私は命びろいしたとさえ思っています。

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すっきり

念願の大掃除がやっと完了しました。今まで手付かずだった家人の押入れスペースも無理やり押し入り、人の所有物を私の価値観でめった切り。明らかな人権侵害ですが、私の家にあるものすべて把握したい!という私の欲求にはかないませんでした。押入れいっぱいあったのでかなり疲れましたが、終わったあとの清々した気持ち!この家での私の人生、ここから始まるっていう感じです。

私は最近ユニクロびいきで、どこが好きかというと気楽に捨てられるところです。高かった、苦労して探した、なんて思い入れはなし。洋服への情熱がなくても着られる、楽に着られる、これぞ最大多数の最大幸福の追求です。ユニクロ、えらい!世界も時代も変わるように、私も以前とは変わってきているのをユニクロで感じています。金持ちにもおしゃれさんにも見えない、むしろそれが心地よい最近の心境でした。

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るみ子

入院していた時の大部屋で同室だったるみ子の話です。病院の大部屋(6人)とはカーテンで一応仕切られているものの、声はばっちり聞こえるというつくりです。

甘えたようないい子ぶってるような声で見舞い客との話がやたら長い。用事をする看護師には、はきはきしたぶりっこのいいお声で「はい!」、「ありがとうございました!」とお返事。うざったい患者がいるなあといつも耳障りに思っていました。ある日何気なく部屋の入り口の患者プレートを見たら、名前が「○○るみ子(本名」)!まさにるみ子って感じです。子どもの頃、家で自分のことを「るみ子ね・・・」って言って話してたタイプ。ちらりと盗み見た顔は、「ちびまるこちゃん」の「みぎわさん」でした。そういえばみぎわさんの部屋はピンクとフリルがいっぱいで、飼ってる犬(みぎわさんそっくり)の名前は「アマリリス」でしたね。

年の頃は30歳前後なのに、なんだかすごく心配性でばかていねい。るみ子の性格=老婆心といえましょう。病状も安定してきたので家での安静をすすめる先生に、「家で容態が急変して救急車がくるのが遅れたらどうする。心配だからこのまま入院させてくれ」とゴネるるみ子。そしてそれが受け入れられないと今度はやってくる看護師全員にながながと不満を訴える。入院中着替えがなくなったら困るからと実家からはき古しのパンツを31枚持ってきた!(実際は1週間で退院) などなどたった一週間でこれだけのエピソードです。そうこうしているうちに今度は私が退院することになり、そのころにはせめてあと一週間、ともに過ごしたいとさえ思うようになりました。実際は盗み聞きするだけで私はるみ子とは一言もしゃべったことなかったのですが。

こんなに楽しませてくれたるみ子ですが、最後のびっくりは私が退院する時、なんとお別れの手紙をくれました!私が病室を出ようとする時、しずしずとカーテンの中から登場(きっと今か今かとタイミングを図って待っていたのでしょう)。食べかけのアメの袋にのどあめが10個ばかりと、その中に手紙です。手紙の内容は「退院おめでとうございます」的なものでしたが、まあ、好意の表れであると思ってもいいでしょう。実は私たちってお互い惹かれあっていたの??

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感傷的な話

私が入院していた市民病院のナース、岡田さん。色白で小柄で、まっすぐな黒髪をシニヨンにまとめています。市民病院のナース服はいまどきの水色とかピンクではなく、なぜか白の割烹着スタイルだったので、私はなんだか戦前に結核で入院している患者のような気分でした。清楚な岡田さんには割烹着、すごくお似合いでした。落ち着いて静かなモノゴシで、控えめで口数少なく、秘密を守り無駄口はたたかない。でもみんなの病状はしっかりと把握しています。年の頃は20代後半。清潔感にあふれ品行方正なイメージですが、意外とバツ2で3人の子持ちのシングルマザーだったら面白いけど、多分違うでしょう。

今回の入院でわかったことは、病人には人権はないっていうことでした。持ち物も体も何を食べてるかも排泄物も全部見られる。しかも病棟担当ナース3交代ローテーションの全員から見られる。ナース以外の人にでも、人に見られることがこんなに辛くて視線が痛いものだと知りました。気休めでカーテンで仕切られたスペースにもかわるがわるナースは入ってきます(仕事だからしょうがないですが)。ズタズタに引き裂かれる人間の尊厳。そんなかなりナーバスな状況の中、岡田さんのきちんとした挨拶や言葉使い、「失礼します」の声はどれほど心に響いたでしょう。シモの世話なんてされた日には、「もうどうでもいい、どうにでもして」って気分になるものですが、あなたは大人で個人で人間なんですよ、って思い出させてなぐさめてくれているようでした。

今でもたまに不本意で苦しくて悲しい 病院で過ごした夜のことを思い出します。そんな思いで今入院している人たちもたくさんいます。でも次に思い浮かぶのは岡田さんの笑顔です。岡田さん、どうもありがとう!

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ご無沙汰いたしました

実は入院をしていました。有無をいわさずPCちゃんとも離れ離れの生活に。ほぼ寝たきりで外出もできない入院生活だったので、おかげさまで復帰を果たせた今はとてもうれしい気持ちです。でも自分の生活をほぼ強制的にとりあげられ、家族にも大変な思いをさせてしまった入院だったけど、プラスの面もありました。何もかもを犠牲にしても、ひとつのこと(病気)にじっくりと向き合ったことは貴重な体験だったのではないかと。

長期入院は初めてだったのでいろんなことを感じました。不機嫌で不安定な患者相手の仕事なんて医療関係者の方々はすごい。心も体もタフじゃないとつとまらない、頭が下がる、なーんていいつつ嫌いな看護婦が来たら寝たふりしたり、その看護婦が他の人の採血をしてるすきにナースコールを押したりしてましたが。市民病院だったのであまりわがままは聞き入れられず基本は大部屋で私が興味をそそられたいろんな人もいました。ぼちぼちその人たちについても書いていきたいと思っています。というわけで次回はミラーオブナース、看護師の鏡、岡田さんについて書きます。

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追悼 筑紫哲也

きのうのニュースは寂しい気持ちになりました。最近は早寝になったけど、「ニュース23」の習慣はもう15年程にもなります。追悼ニュースでは知らなかった基本的情報もありました。筑紫哲也って朝日新聞の記者だったんですね。ウィキペディア情報では いろんな団体や政治家とのつながりがあったとも。なかなかのクセモノだったのですね。だから私は好きだったのかも。「リベラル派」だったもと書いてありました。リベラルって「自由主義」だそうです。そういえば多事争論でも「夜警国家」とかよく言ってました。

そして一日3箱煙草を吸うヘビースモーカーだったとか(ちなみにハイライトとマルボロ赤)。いかにも。テレビの画面からも煙草の香りが漂ってきそうな風貌でした。そんなこともあって、私は筑紫哲也にかなり肉親的父性的な感情を持っていました。このニュースについて筑紫哲也ならどんな感想を持つだろうかなど。そしてその感想に最終的には賛成して頼ってしまう存在。つまり思考停止。でもこれってあんまりよろしくない状況です。これからは自立して少しは自分の頭で考えなさい、っていうのが最後に筑紫さんからもらったメッセージだったような気がしています。

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外車に乗りたい!

官僚資産公開見ましたか?私は下世話な野次馬根性でのぞいてみました。土地建物株式なんかの資産はあまりよくわからないけど、預金とか車なんかはわかりやすいですね。まあ隠し資産もあることでしょうが、ここでは公開されてる内容だけ書いてみます。麻生首相の所有車はアウディ他3台。なんかわかる~。ちなみに福田元首相はトヨタクラウン。ますますわかる~。鳩山総務相はベンツ、升添さんはトヨタエスティマ、文科相の人はトヨタプリウス。車ってなかなか正確にその人の人となりを表します。

かくいう私の所有車は厳しい財政状況のため軽自動車というていたらくです。でも気に入って買った車だし私を表現してくれる車です。あまりフカしたりはせずついつい甘やかしがちなので車ちゃんはちょっと物足りなく思ってるかもしれません。あと2年がんばってもらった後は・・・外車に乗りたい!購入費も維持費もかさむのを承知でその大変さをしのぐ価値って何なのか?お金も労力も無駄は極力はぶきたい私なのに この情熱って一体何なのか?ジミで気難しくてわかりにくくてひねくれてる、こんなヨーロッパ車を夢見るココロ、とでもいいましょうか。

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クラス

階級っていう意味でのクラスです。最近竹内まりやのベストが出ましたね。そのCMで本人が出演したラジオ番組ををききました。私は特に熱心な竹内まりあファンでもないのですが、過去に感心した発言がありました。「売れるメロディは存在する。それを組み合わせて曲を作ることもできるけど、続けているとむなしくなったりもする」というような言葉。売れやすいメロディの存在は私も気付いていました。例えばスピッツの「チェリー」とかサザンの「ツナミ」とか。でもそんなこと正直に言っていいの?育ちがよくて頭もよくて、ちょっと意地悪なお嬢様、って感じの人の発言だなと思いました。

そのお嬢様はどんな大人になったのか?偶然つけてて何気なく聞いていたラジオだけど、恐れ入りました。なんて落ち着いてやわらかくてしっかりした声と言葉遣い。年齢と経験と強い経済力によってかもし出される声です。声を聞けばその人のクラスがわかるといいますが、まさしく自分のクラスを気持ちよく表現してるいい声でした。感服いたしました。竹内まりあを好んで聴くクラスって存在するのでしょう。私はあんまり知らない世界だけど、イメージ的には東京の山の手地域に住む人とか?親子代々有名女子大に行く人々とか?私はCDを買おうとは思わないけど、レンタル出たら借りてみて、たまに聴くのもいいかなあ、という程度のクラスです。

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浮いてるファッション

運動会シーズンです。運動会でキャミソール/ミニスカート/ミュールのヤンママ、子どもの日曜参観日でニッカポッカ、キャンプで全身シャネル、などなど巷には思わず目を引くファッションの方々がいます。私なんかトシいったせいか露出の高いファッションにはパンツが見えちゃわないか見守って差し上げたりします。世間様の求めるファッションとはずれていようが浮いていようが、「おーはりきってるなー」なんて私はほほえましく楽しい気分で観察してしまいます。

逆に浮いてはいないけどイタタタ・・・ってファッションもありますね。典型的なのは年齢不相応の若作り。若作りといえば長年私の密かな疑問だった事がありまして、それは「ある程度の年齢を過ぎた女性の二つ結び(お下げみたいに髪を左右に束ねる結び方)はいかがなものか?」というものでした。ある掲示板で話題になっていて、賛成する人も多数。「でも帽子をかぶるときは便利なんです」っていう現実的な意見も聞けました。その中に「松田聖子がやってるイメージ。それから一般的になったのでは?」という鋭い考察があり、なるほどとひざを打つ思いでした。彼女ってやっぱり人々に幻想を抱かせ続ける永遠のアイドルなんですね。私だって『赤いスイトピー』は大好きだけど、これからカラオケで歌うときは周りの人をイタめつけないように注意して歌わないといけません。

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不本意な話

このたび一身上の都合で転居することになりました。とっても遠くへ。といっても田舎から田舎へ。その度合いといえば、転居元は回覧板に「熊が出没しないよう柿は早めに収穫してください」と書いてあるほど。転居先は、朝一番に「コケコッコー」とニワトリが鳴くほど。

それはいいのですが、今回の引越しでショックだったのは、環境が変わることにあまりついていけなくなった自分にでした。いつもの配置の部屋といつも使ってる日常品。ほんの少し変わるだけなのにそれでストレスを感じてしまいます。モノを少なく!がモットーなのに、荷造りする荷物はほんとにたくさんの量で細かくて重い。年とったんだなあ、重い荷物たくさん抱えてるなあ、となんだか不本意な状況なのです。昨日より明日は状況はよくなる、と願うことしか今はなすすべはありません。

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俺ちゃま男 続編

以前悪口を書いた「結婚離婚を懲りずに何度も繰り返し、人の話も聞かない俺ちゃま男」の続編です。前回の疑問は「なんでこんな男に真面目でまともそうに見える女の人がひっかかるのか?」ということでした。その答えがわかったような気がしたのでその報告です。

前回の来訪でくたくたに疲れたので「あの男(Aとします)は今後うちには出入り禁止にしよう」と思っていた矢先、ふとしたことから Aは小さいころから家庭に恵まれず、高校卒業までずっと施設で育ったという話が耳に入ってきました。その話を聞いたとたん、さんざん悪口を言ってた自分がすごく冷たい人間みたいな気持ちになりました。Aの愚かさとか自分勝手さ、冷酷な人間性がすべて許されたみたいに 「事情も知らずに悪い風に思って今までごめんなさい」ってなもんです。

この感情の移り変わり方、もしかしたら女性特有のものなのかもしれません。心優しい女性だとしたら「今までつらい思いをたくさんしてきたのね。私の愛情で彼は変わってくれるかもしれない・・・」なーんて思うのかもしれません。要はここがポイントかなと。私は3分で「いやな人間はどんな事情があろうといやな人間だ」と我に帰ったけど、真面目な人ほど忍耐強く熱にうかされ続けるのかもしれません。ほんとに余計なお世話ですが、早く夢からさめた方が身のためですよー。Aは多分一生変わりませんよー。

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いい子ちゃんの謎

ネット掲示板でよく「いい子ちゃん発言」をする人がいます。特に女性限定の掲示板。「スレッドをたてたら、レスしてくれた人にお礼の〆をしたほうがいいと思います。」「不倫は絶対いけないと思います。」「スーパーのレジで精算に入ってない商品があったらお店に返しにいったほうがいいと思います。」実際には返しに行く人っていないと思うけどなあ・・・。以前はちょっとイラつきながら、こういう人って小学校の学級会で手をあげて、●●ちゃんが●●ちゃんをいじめたからいけないと思います、っていう子なんだろうなあ、なんて思ってました。私にとって、一円の得にもならないことにわざわざ労力と時間をかけて書き込む、そして人様に意見する心情は理解しがたいものがあります。まあそれ読んでるほうもどっこいどっこいのアホですが。

今思うことは、手間をかけるだけの価値があるとすれば、その価値とは「気持ちいいのかな?」ということです。自分の信じる道を人に説く宗教活動の人も気持ちよさそうです。私にとってはあんまり上等の楽しみとは思えないけど、人の気持ちいいことにわざわざケチはつけられません。でも、掲示板に「スーパーのレジで・・・」って書いといて、いざ打ちもれの豆腐を返しにいかなかったら~その時は軽蔑してやる!

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変わってる~

ちょっと息抜き、と思っていくつかの掲示板をのぞくのですが、けっこう熟読してしまうことも多くてかえってへとへとです。きのう読んだのは読売新聞の「発言小町」でした。ある発言のテーマは「人に向かって 変わってる~ というのは失礼じゃないか」というような内容。ごもっとも。その中の返信の一つに「言い方をかえればいいんじゃないか。例えば ●発想が斬新で豊かですね ●~さんの個性に惹きつけられます など」というのがありました。豊かな知性と人間性に溢れた素晴らしい答えに感動すらしてしまいました。

そして言いかえの話題でもう一つ、主婦向けの掲示板では「疲れた」を「かんばった」と思ってみる、口に出してみるというのもありました。これも大人らしい考え方です。自分にも他人にもいつもココロに笑いと愛を!目標です。

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小鳥のさえずり

きのうは夜遅くまで招かれざるお客のもてなしでした。なんでも知人が3回目子連れ結婚をするそうで、その報告とお相手お披露目に来たそうです。呼んでないっつーの。世の中には何回も結婚離婚を繰り返す人がいますが、その本人とくわしく話をする機会はあんまりありませんでした。くわしくといってもどうも自分に都合の悪いことは伏せてるらしいので 話の脈略がわかりにくく、「そこはふれてはいけない部分なんだろうな」と質問もしにくく、話してて疲れることうけあいです。結婚離婚をくり返してるうちに、周りの人にもあんまり意見をしてもらえなくなるらしく、知人独自のめっぽう強い持論のみでしゃべる。消すことのできない雑音政見放送を長時間聞かされている気分でした。

疲れ果てて朝寝坊してたら窓の外からご近所の子どもの声がしてきます。お母さんと朝顔に水をやっているみたいです。その男の子は4・5歳なのですが、お母さんによると知的障害があるそうです。でもとっても人なつっこくて朝だろうが夕方だろうが「こんばんはー」と甲高いそれはそれはかわいらしい声で私に挨拶してくれます。一つの言葉をオウム返しに繰り返して会話は成立しないので、ご家族はたいへんな思いもし、心配もつきないことでしょう。でも彼のさえずりを聞いてるのが私は大好きで、本人に伝えることはできないけど、楽しい気持ちになったり、温かい気持ちになったりしているんだよ、といつも考えています。

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笑顔と時間

久しぶりに故郷に帰って同級生なんかと出くわすとなかなか感慨深いものがあります。地元の人と結婚して子供が3人いて2世帯住宅を建てて夫の家業を手伝っている、みたいな。家族の安否、共通の知人の噂話などでいっとき話ははずみますが、「その話は私のソウルに触れる話でもないから なんとか早く切り上げて帰ろう」なんて不届きなことを考えながらしゃべる私。対して彼女たちは笑いさざめきながら世慣れた風に次々と話をつなげます(私は面白くなんかないー、早く帰りたいのにー)。もし私が地元に暮らす奥さんだったら、地元の人からは「あの家の奥さんは他人行儀で冷たい、変わり者だ」と噂されることうけあいです。地元で生きる彼女たちには、縦(年寄り・目上を立てる) 横(近所・友人知人のコミュニティ)のつながりは 生きていくための のがれられないおつきあいなのでしょう。まあ我慢して仕えたあかつきには遺産や土地なんかのごほうびもあったりするのかもしれないですが。

常に笑顔で楽しそうに会話する彼女たちは笑い小じわなんかできてます。ちょっと老けるけど落ち着いて幸せそうな顔だと思う人もいるのかもしれません。でも常に笑顔でいる人って私なんかには苦労人に見えます。自分を守るための笑顔、人に悪く思われないことを意識して作る笑顔。田舎生活に必須の笑顔で長時間の会話、私にはかなりの疲労度合いです。笑顔も時間も、両方提供するのは私には無理です。どちらか我慢するなら、笑顔かな。笑顔で短時間で失礼する(姿を消す)ってのが私にできる最大の妥協法です。

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偽善者は私

久しぶりに学生時代の友達と電話で話しました。距離も心ももう随分と遠ざかってしまったなあ・・・というのが感想です。彼女は当時から私のいけすかないものを持っていました。一言で言えば「偽善者」。私の偽善の定義は「お涙ちょうだい」的話が好きな人、またはきれいごとを言ったりしたりして自分だけ満足している人 のことです。例えば 風邪を引いた人の所にご飯つくりに上がりこみに行く、みたいな。なんか重い存在。ただフォローすると?年をとって家庭も子どもも持って、その性格と今の彼女の立場は いいバランスがとれてるなと感じました。自分の性格を生かす道を見つけたんだな、みたいな。まあ、彼女の人生と私の人生は今後あんまり重なりあわなさそうですが。

彼女とやり方は違えど 私だってわりと思いやりの心は持つようにしてきたつもりでした。がしかし、自分に実害が及びそうになると一遍、スルーか拒否に変わります。私の思いやりの心だって所詮偽善だったのです。自分が「いいことした」って思うためだけの行為。折り合いをつけるには 自分の身を守りつつ思いやりの心も持つという所でしょうか。対策として、思いやりの心を出すときは自分で責任のもてる言動にする、すなわちあまり軽々と思いやりの心や言葉を口にしない。

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暑いので

あんまり暑いので涼しくなるかもしれない話を一つ。「いやな人と会ったりいやなことがあった時は塩で手を洗うことにしている」という人の話を聞きました。いやなことを払い落としてお清めをするとかそういった意味でしょうか。私はお守り類をバッグに忍ばせておく趣味はないのですが、塩はなんだか利きそうです。私も少し包んで持ち歩こうかと思いました。

「しゃばけ」は途中まで読んでほったらかしにしてる本なのですが、サワリの部分によりますと、人間と妖怪(お化け)たちが仲良く共存してた江戸くらいの話らしいです。私はお化けは見たことないので基本的には信じません。でもたまに興味本位で見る「オーラの泉」なんかで、ゲストがお化けを見た!っていう話を聞くのは好きです。それによりますと、普通の人が暗闇で狼みたいになったとか、女の人の首が伸びてきたとか。ほんとに現実にあるのかどうかより、そのお化けを見た人の心の中がちょっとのぞけたようで面白い気がします。その人の考え方や感じ方で 人それぞれ見えるものはちがってくると思うので。

ただお化けを信じない私でも「この人お化けみたい」って思う人にはたまに会います。以前仕事で会った女社長には「エネルギー吸い取られそう・・・」って思ったり、主婦だけど「この人にはあんまり深入りしない方がいいかも」と思わせる暗さみたいなものを持っている人だったり。たくさんの人に会う立場の人だったら確率的によりたくさんのお化けに会いそうです。かかわらないのがベストですが、そうも言っていられない時はやっぱり塩の出番でしょう。このおまじない、果たして本当に利くのかどうか。このワクワク感だけでもいやな気持ちがちょっとはマシになってきました。すでに利いているのかもしれません。恐るべし塩!

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ハーブと私

友近のネタに「自分をイケてると思っている人」のモノマネがあります。「自分で選んで、自分で育てて、自分で考えて工夫して料理やアロマテラピーに使ったり・・・ハーブは私の一部です」なーんていうことを思慮深げにもったいぶって延々しゃべる女の人のマネ。自分を限りなく肯定してるっていうのがミソのようでした。

さて、ハーブの話は続きます。今日ぼんやりつけっぱなしのテレビを見ていたら、京都の山間でハーブとともに暮らしているイギリス人だったかの暮らしが紹介されてました(取材した人は安藤和津)。その人によりますと、ハーブとは薬草のことなので 舶来のローズマリーとかラベンダーだけではない。三つ葉もよもぎもどくだみ草もみんなハーブ。植物にも相性があるので 合わないもの同士を隣においたらストレスがたまって枯れてしまう。それぞれのよさを生かして育てて使う。とのことでした。

なるほど。私みたいに植物や自然と離れて暮らしているとなかなか忘れがちな考えです。でもとっても自然な考えだということはわかります。人間も同じ生き物だし。ただし人間は自分で自分を生かさなきゃいけないという難問はありますが。生かすミソは自分の欠点含め、やっぱり自分を肯定するってことでしょうか。まあ、でも友近のおかげであんまり人前でこんなこと言うと笑いものになりそうっていうことは学習しました。

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貧乏くさい豊かなひととき

 たまに散歩に行く土手で見覚えのある葉っぱを見かけました。もしや?と思って近寄るとやっぱりスーッとするミントのいい香り。ミントは繁殖力が強いのでかなり大量の群生でした。なぜミントの葉っぱに気がついたかというと、実家で気まぐれに買って庭に植えた一鉢のミントが雑草のように生い茂っているからです。飼い犬がミントの上で昼寝してる様子はとってもかわいかったものでした。ネットでハーブの使い方を調べてみて「フレッシュor乾燥させた葉っぱ5.6枚をカップに入れてお湯を注ぐとミントティーのできあがり」っていうのが一番簡単そうでした。ご丁寧に「梅雨前の午前中が積みどきです」とあったので、せっかくだから頂戴することにしました。いっぱい摘んできたので乾燥させて使いました。出来上がりのミントティーはかなり本格的な(あたりまえですが)味と香りで大満足の出来。ここ何ヶ月分のお茶をただで出に入れました。そしてふと思いついて葉っぱをとった後の茎をお風呂に入れてみたら、香りがよくてお風呂あがりはすっきり。これも大満足のお湯になりました。自然の恵みに感謝です。

 っていう話を年上の知人にしたら、ミントは「はっか」といって昔からそこらへんに植わっているものだったそうなのです。てっきりハーブのブームに乗って欧米からやってきたものだとばかり思っていました。何かに活用してましたか?の問いには「子どものころは人の目のそばでぎゅっとしぼっていたずらしていた」との事。完全に雑草扱いです。こんなにおいしいお茶と優れた入浴剤をなんてもったいない!でもいろいろ役に立つハーブだけど雑草としてほっておくのも一つの恵まれた豊かな生活でしょう。対して活用できるものは何でも活用しようなんてなんだか貧乏くさい考えなのですが、お蔭様でこんなにいいものが手に入るのもなかなか捨てがたい幸せのひとときなのでした。

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こっとう道

 京都北野天満宮で毎月25日に開かれる「天神市」に初めて足を踏み入れました。早朝から日暮れまで こっとうだけでなく野菜や屋台・古着・雑貨などなど お店も人出もたいそうなにぎわいです。祭神である菅原道真の誕生日25日にちなんで開かれている市とのことですが、かなり昔からある市なのでしょう。昔の京都の人もきっとこんな風にお店をひやかしたり駆け引きして買い物したりして力強く守り続けてきたんだろうなあと思わせる風情ある催しでした。

 カメオ売ってる人はヨーロピアンな顔立ちの人だし、じゅうたん売ってる人はどこかイスラム系の濃い顔立ちで 人を見るのも興味深く面白かったです。私が好きだったのはなんだかぼんやりしたような売る気があるんだかないんだかわからないおじいさんとおばあさんの夫婦でした。家の開かずの間からひっぱりだしてきたような大量のガラスコップのケース2箱が置いてあります。吹流しというかガラスの中に気泡がはいっているような厚いガラス。逆に適当な梱包でよくここまで持ってこれたなあというような繊細な薄ーい水色のガラスコップもありました。かえって梱包してなくてぎちぎちにつめられてたからゆれも少なかったのかも。ダンボールの切れ端にお年寄り特有の震える字で「コップ200~1000」なーんてアバウトなこと書いてあります。迷った末買わなかったけど楽しいひと時でした。行きかうお客さんもかなり楽しめました。銘仙をかわいく着てひやかす女の子や 同じ着物でも着付けなんかから玄人臭を漂わせるただものでない男女4人のご一行など(芸能人みたいな雰囲気)。

 ただし楽しいのはいいのですが、私には物の価値がわからないのです。いいものなのか廉価品なのか。わからないので気も弱くなってお店の人と駆け引きできない。あんまりとんちんかんなこと言っても失礼だし かと言って値引きを予想してつけてある正札のまま買うのもしゃくにさわるし などなど。何でも値切る関西のおばちゃんの原点はここ、市だったんですね。でも好きだし今回すごーく楽しかったので私はこれからも市には折々に足を運んで行きたいです。私のこっとう道なんてほんの数年。プロに比べたらまだまだヒヨッコです。私の見方は時間。ゆっくり楽しみながらせっかくのご縁をいただいた道を歩んでいきたいです。

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反面教師

 今週心に残った出来事を書きます。私のおさななじみAちゃんについて。Aちゃんはいわゆる「困ったちゃん」です。飾らずに言えば「ひとでなし」。時間・約束を守らない。借りたものを返さない。悪意を持って、或いは悪気なく 人の悪口を言う。弱いものいじめをする、等々・・・。子どもの頃からみんなを悩ませてきた存在でした。そんなAちゃんも結婚し、実家近くにマイホームを建てて暮らしています。暮らしぶりは相変わらずのようで、「地域の会合も掃除当番もトンズラよー」などという話をたまにおかんから聞いていました。

 去年Aちゃんはめでたく男の子を出産しました。見栄っ張りの田舎なので派手な初節句のお祝いをする風習があります。とりわけ派手好きなAちゃんのこと、さぞ立派な料亭でたくさんのお客様を招いてやるんだろうなー、とちらりと思いましたが私もAちゃんのことばかりにかまけていられずそれきり忘れていました。そして先日おかんと世間話メールをしていたら、「そういえばこの間のAちゃんの家の節句のお祝い、なんだかあんまり流行らなかったみたい。お客も少なくてご主人の両親も欠席なんだって」という話が出てきました。

 私だったらお客様は少なくて地味~にしてもいいのです。それが私の望みだから。でもこの結果は恐らくAちゃんの意には沿ってなさそうです。この事件で私が思ったことは「Aちゃんの存在意義って反面教師なんだ」ということでした。Aちゃんの行動パターンは人をなめてます。それが長い間続くと、人は自分の意に沿わないようになる。なんだか道徳の教科書みたいで申し訳ないけど、「自分のことばかりではなく人のことも考えよう」と思った事件でした。

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おいしいものを少しだけ

 私って貧乏なんじゃないか、過去も現在も将来も。お金をたくさん持ってないのでたくさん消費することができない。古着・古本・図書館・共済は活用する。お金・時間・労力を一番使わない方法が私のやり方です。

 一方、お金に糸目をつけない買い物やぜいたく旅行、おつきあいへのあこがれもあります。しかし実際やってる人を思い浮かべてもうらやましいなあと思える人はいまいちいません。適正にお金を管理したり たくさんのおつきあいを信頼関係を損なわずに維持・発展させるのも なかなかの能力が必要です。私の能力には 今与えられたままの貧乏状況がふさわしいかと思います。

 くさらず、いじけず 毎日の生活の希望をどこに見出すか?「量より質」というか「おいしいものを少しだけ」、「貧乏だけど工夫する」。私にお似合いの生活手段です。

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みーっけ

 「キーストーン種」という言葉の意味はかなり印象深くてずっと私の頭にこびりついていました。ちなみに「キーストーン種」とは・・・古代ローマの石橋には、橋に使われたすべての石組を安定させるために、頂上に小さいくさび型の石がはめ込まれていました。この石は「キーストーン」と呼ばれ、橋全体から見ると小さな部品に過ぎないけれども、これが外れると石橋全体が崩壊してしまいます。このように 生態系の中で数は少ないけれど、その種が属する生態系に大きい影響を及ぼす種をキーストーン種といいます。

 例えば、ラッコは大量のウニを消費するため ウニの増殖は抑えられるが、ラッコがいなくなるとウニ個体群が大きくなり、海藻が過剰に採食され、荒廃して海底が裸地化する。その結果、海藻を採食しているウニ以外の生物も生息できなくなる。この場合のラッコがキーストーン種です。たしかミツバチとイルカもだったような。キーストーン種は食物連鎖の上位にいる生物が多いそうですが、まだ発見されていないキーストーン種もたくさんだそうです。

 そして新聞で見た一節。 「変化を起こすには全員に賛成してもらう必要はない。過半数すら必要ない。必要なのはキーパーソンを動かすことだ」。キーストーンの人間バージョンです。そういうことは確かにあります。例えばバイト先で。たくさん人が移り変わっていくけど ある人がいなくなってしまったことでぐだぐだになってしまう組織とか ぱったりうまくいかなくなってしまう商売とか。

 それからというもの、映画や小説や人の集団があると「誰がキーストーンか?」を考えるようになりました。実生活で見つけるのは至難の業でしたが、つい最近やっと一人見つけました!決め手になったのは「写真館」です。「あの写真館はすごく腕がよくてとにかく実物以上の出来になることうけあい」と教えられて行った写真館は古くて狭くて平日なのにも関わらずお客さんでいっぱい。おまけに写真にも大満足でした。こんなことは何度もありました。その人が「イマイチ・・・」といった飲食店はつぶれそうな気がします。

 今回のキーストーンの決め手は、●世慣れた人柄、●強力な人脈、●確かで満足できる情報を持っていること、でした(なんだか田舎の政治家みたいですが)。そして実生活の中でけっこうな確立でキーストーンとなる役割は「経理」でしょう。でもその他にもいろんな世界でいろんなキーストーンが存在します。一家の中での「子ども」とか、「猫」とか。日常のミステリー、けっこう面白い「キーストーン探し」です。

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私が死んだら

 知人の知人が若くして亡くなりました。知人、だったらうろたえてしまいそうだけど、その知人なら薄情だけど比較的冷静に受け止められます。知人と話あったことも含めて、「私が死んだら」ってことを考えてみました。調べてみたら私が死んだら 残された人がしなくちゃいけない事務処理は盛りだくさんです。まずは 

●死亡届を役所に提出。

●火葬許可申請書も提出して許可書と処理済み証明書を墓地管理者に提出。早くも「おぼえがきノート」を準備しないといけません。今までの慣習のままいくと、墓地は先祖代々かかりつけの?お寺管轄の集団墓地になりそうです。でもそうなるとつきあいで?戒名だの○日法要だの○年法事だのをとり行わないといけないのか?残された人にあんまり手間も手数もとらせたくないのに・・・ここら辺は今後検討事項です。

●仏教で葬儀を行うならお寺と打ち合わせ。通夜・葬儀・初七日・四十九日の日程を決める。戒名含めて謝礼金額を聞く。あわせて葬儀社にも通夜振る舞い・葬儀など すべてに関わる費用の見積を出してもらい打ち合わせ。希望があればノートに書いておく。

●香典もらった人へのお返し。香典返しに代えてユニセフに寄付はどうでしょう。その旨記したお礼状を出す。

●国民年金・厚生年金の手続き。遺族基礎年金とかもらえるかも。

●遺産相続。現金/預金/証券/不動産など財産を確定させた後、分割。たくさんある人は大変そう~。でもお金のそばに人は集まるし、そんな人はプロに任せることでしょう。私は「おぼえがきノート」で十分そうです。

●運転免許書/クレジットカード/通帳などの解約処理。ノート参照。

●生命保険請求。たいしてないだろうけどノート参照。

●電気/ガス/水道 など名義変更。ノート参照。

●遺品処理。住まいの状況により古家なんかは解体料とかかえって負債になるかも。遺品の廃棄料もかかるし。後処理してくれる人の負担にならない方向で今後検討。

代表的な手続きだけでこれです。瑣末な処理はきっと後から後からわいてきて・・・病気になりそうです。調べる前の「私が死んだら・・」のイメージは「葬式にはフンパツして白い花をいっぱい飾ろう~♪」でした。アホ~・・・

 

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 夕方 時間に余裕のある日の楽しみは、教育テレビ6時前に放送される音楽番組『ゆうがたクインテット』です。クラッシックも童謡もありで、四季折々の楽しい音楽が流れます。4月に入った今週のテーマは「春」。先日流れた 滝廉太郎の『花』は思いがけなく心を揺さぶられて自分でもびっくりしました。「はーるのーうらーらーの・・・」っていう歌です。ちと難解だけど美しい日本語の歌詞と端正なメロディを5人のお人形が高度な輪唱?で歌い上げます。思わず一緒に口ずさみ、涙さえにじませてしまったほどです。

 でも桜に感動するってなんだか国家の陰謀にのせられている気もする今日この頃でもあります。だって国関係の施設(学校とか自衛隊とか官公庁とか公園とか)には桜がいっぱいで、知らず知らずのうちに4月スタートを強制されてるとでもいうか、国の都合で人が動かされてるような。国にしてみれば いろいろ世話してるから文句言うなってところでしょうが。

 今回は「散る桜に私は何を思うか?」ということを書きたくて、一応「潔さ」とか何とかは考えてたのですが、実際は今年はこんなひねくれたことを思いました。

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ひねくれ団結成

 「メッセンジャー黒田」が最近好きです。もともとはねぎこちゃんに教えてもらいました。関西ではわりとメジャーで中堅芸人くらいでしょうか。家がすごく貧乏で、「赤ちゃんの時、ねずみに耳をかじられた」、「子どもの時2回捨てられた」そうです。陣内智則の結婚に「どうせすぐ別れるんやろ?」とコメントするひねくれものの黒田。私とねぎこちゃんと黒田で「ひねくれ団」を結成したいです。さて、今週考えたひねくれ話です。

 掃除は大好きです。いるものといらないものに分けて いらないものは捨てる。いるものは必要な場所を決めて収納。使っていくうちに汚れたり散らかってきたら、汚れを落とし、散らかったものは決まった場所に収納しなおし、ごみがたまったら処分する。見えるものなら簡単ですが、見えないもの 例えば「声」はどうでしょう。形はないけど、やっぱりいるものといらないものに分けて、いらないものは捨て、たまったごみも処分したいと思う今日このごろ。

 耳はふさげないので「聞かない」というのはなかなか難しいものです。特に自分に向かって言われたことなんかは。そしていやなことを聞いてしまった時は、そのことを「考えない」「忘れる」こともなかなか難しい。回避方法を考えました。やはり一番は「聞かないでいい手段をとること」。聞かないことが自分を守ることもあります。それができない時は、「聞きながら覚えとく話と雑音を分ける」。よく聞くと面白いことも多いし、聞かないと偏屈になりそうなこともある。だからって何でもかんでも聞いてたら疲れます。あんたの言うこと100%信用するわけじゃないからね、って斜に構えて聞く耳の情報処理。黒田もきっとやってそうです。

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永遠の憧れ

 松尾スズキの面白さをやっと最近知りました。「笑っていいとも!」のテレフォンショッキング、100人に1人をあてるアンケートで 「今完全に絶望してる人」なーんて質問してて(答えは5人)、おっ と思ったのが最初です。その後 『12歳の大人計画』っていう本を読みました。HNKの番組で著名人が母校の小学校に行って特別授業する松尾スズキの回の本です。授業のテーマは「大人」。「銀座の恋の物語」を聴いて「大人」とはどんなものなのか想像したり、自分の周りにいる大人に「大人」について聞いたりします。

 授業で挙がった大人の定義。「事情があって実らぬ恋にため息をつくのが大人」。ちなみにこの逆は「好きだったらいいじゃん!」です。なるほど。「大人は複雑だ」。「大人は気分をきりかえられる」。「言いたいことがあってもがまんする」。「どんなことでも責任をおわなくてはいけない」。「周囲の人のことも考えてあげる」。「失敗を経験にする」。「大人になるといろいろ気をつかわなければいけない」。「ふりんする」ってのもあって笑えました。

 自分の周りの大人と思う人は誰か、またどんな所が大人と思うか、などの「大人アンケート」っいうのもあって私もやってみました。私が思いついた人3人はすべて女性で、「自分のしたいことより今何をすべきかを優先して行動できる人」、「ウエットな(愛情に基づいた)頭のよさ」、「たくさんの物を持ち、人に与える」ことが理由です。私にとって大人は憧れ・尊敬の人々です。 

 私は年だけは十分すぎる大人ですが、年にまだまだおいついていってないのは重々承知をしております。自分の言動にためいきをつき、つくづく自分がいやになる毎日です。でもこれが本来の人間の姿じゃないかとも開き直ってます。求め続けるからこそ進歩するって信じて、近づきたいと憧れ続けるのが私にとっての「大人」です。

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決意再び

 遅ればせながら村上春樹『東京奇譚集』を読みました。共感っぷりは相変わらずでにやにやしながら読みました。話は変わって、私がよくやる妄想の一つに「自分を表現するブースが割り当てられたら何を入れようか?」というのがあります。東京ビッグサイトみたいなところにいろんな人のブースを割り当てて一同に集めたら面白そうです。家族の写真を貼ったり宝物を飾ったり、一杯のラーメンを置く店主さんもいるかもしれません(希望者にそのつど作って食べさせる)。私のブースには文章を書いた白い一枚の紙をはります。これだけ。なんだか村上春樹的でなかなか気に入っているアイデアです。さて、何を書くか?このブログの文章を書きましょう!ツメが甘かったり中途半端だったりお見苦しいことも多いですがそれも私です。隣が神田うののダイヤモンドだったりしても、私のほうがいいもーんと思えるような文章を書いていきたいです。

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いい基礎つくろう

 寒~い日の平日空いてそうな時間を狙って ちょっとリッチな町なか温泉に行くのが好きです。おとといはビンゴ!で露天風呂もサウナも私一人だけの貸切状態。以前働いてた会社の社長が「隣の事務ランドの商品はみーんなうちの会社のものだ。持ってくるときにちょっとだけ保管料を払いさえすればね。」って言ってたのを思い出しました。贅沢なヒノキ風呂も凝った造りの石風呂もみーんな私の物。たまに来て維持費(入浴料ですけど)を払うだけ。

 心ゆくまで温まった後は 5席並んだ洗面台の真まんなかにけだるく座ってお肌の手入れ。リッチな内装と大きな鏡は 私のゆるい性格と肌とカラダと服装をよく映し出します。家にいる私ってこんなにひどい有様なのです。思わず家人に「毎日ほんとにごめんなさい」ってメールしたくなりました。

 外に行くときは帽子とかコートとかでいろいろ隠していきます。ココロもまともな大人の振りして取り繕っています。おとといひしひしと感じたことは、みにくいものを隠すために私は今まで心も体も取り繕ってばっかりだったってことでした。建物建てるときは基礎が一番大事。勉強・仕事・運動するにもおけいこするにもまず基本をマスターする。基礎の大切さは今までの経験からわかってると思ってたのに、私は肝心の考え方の基礎がもろかったのです。

 体力作りをする、肌の手入れをする。それ以前に体を作る食べ物、飲み物も気をつける。ひいては規則正しい生活をする。その基礎がしっかりしないとまともな大人にはならないんじゃないか。とにかく反省します。そしてこれからは目に見えないことも大事にしていきたいです。「星の王子様」、読み直します。

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今年の抱負

 雑事に追われてやっと今頃です。いかにも生活に追われてるってかんじでちょっとくやしい。自分の人生、自分で舵をとっていきたいのに。さて、抱負は「生活のリズムを作る」!?です。

 私の一番の理想は「ココロもカラダも自由でいる。束縛されない。」です。これに近づくためには 持ち物をできるだけ無駄なく少なくしてすっきりさせておく必要があります。そしてできるだけシンプルに管理し、常に仕事・掃除しやすい状態にしておく。こんな暮らしを想像すると、気持ちが清々(せいせい)してわくわくしてきます。がしかし田舎の実家なんかに帰ると一転の光景に出くわします。濃厚な近所・親戚・仕事つきあいのためのたくさんの食べ物・湯のみ・食器に囲まれた暮らし(場所とるのになー、でも場所も豊富にあるからいいのか)。食べ物なんかは特に豊富にあるのであまったら腐る、捨てるはあたりまえ。それなりに豊かな暮らしであるともいえますが、私のいる場所じゃなさそうです。

 1日24時間から必要不可欠の時間(睡眠・食事・家事・雑事etc)と仕事の時間を引く。残りの貴重な自由になる時間を認識する。それをもとに週間・月間・年間・残りの寿命期間の見通しをつける。そうして生活のリズムができると 私の理想の無駄がない生活にもなる。その中で創意工夫していけばより豊かな生活もできるようになるかもしれない。今まで大して気にしてなくてむしろバカにしてきたこと(落ち着いた生活をすること)が自分の理想に近づくことだったなんて。今後改めていきたいと殊勝に考えた今年の抱負でした。

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なんで好きか?

 昔バイトしてた酒屋の店長のことを書きます。当時37~42歳。適度にかっこよくてガタイもよくて面倒見もいい、責任感もある、さっぱりしたいい男です。適度にやり手でガクはないけど素直な頭のよさがあって、そんな人はきっとどんな仕事をしてもそれなりによくできて成功するでしょう。ちょっとやんちゃな高校生のバイト君が「明日は家裁に行かないといけないからバイト休みます」って電話してきた日には「家裁なんて反省文をべらべら読めば3分で終わる。1時間送れて来い」なーんて返します。桐野夏生の小説ではそんな男は幼女いたずら事件をおこす設定となりますが、なんかそれもうなずけそうな危うい人間くささも持つ人です(一応ほめてます)。

 そんな店長が紆余曲折はあったけど今度独立して自分の店を持つことになりました。毎日張り切って準備に追われているっていう話をきいて、その姿が目に浮かぶようで、自分の事のようにうれしいです。私の知ってる限りの人にそのお店を宣伝したいし、私のお買い物・贈答品は店長のお店から買いたいです。なんちゅういい人な私?いい人嫌いの私が一体なぜ?みんなに好かれる人を自分も好きだなんて~。

 おごらず飾らずいい人ぶってないから好き。賢い善意の人だから好き。自分の目標としたい所をたくさん持ってる人だから好きともいえます。そして適度におおざっぱでいいかげんな所なんかは私に似てるから好きとも思える。・・・結局自己愛みたいです。好きだの嫌いだの言ってるうちはまだまだ甘ちゃんってことですね。なんで好きか?の答えは、「私が未熟で不公平な人間だから」。

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悪人

 私が今まで会った人の中で一番の悪人と思われる人の話をします。なるべくかかわり合いにならないようにしていたので、その人(Aとします)の本性を深く知っている訳ではないけど、Aの言葉や行動や客観的な事実から推測する悪人NO1です。Aは家が地主だったのか?そこそこ大きい賃貸マンションや不動産をいくつか持つオーナーです。よくある話ですがお金持ちだけどドケチ。他人のお祝い事なんかの義理の贈り物をしようものなら絶対に外のしをつけて、たいしたものじゃなくてももったいぶって渡す。料金の発生するサービスには徹底的に難癖をつけ、できることならただにさせる。難癖には時間はいとわずたとえ何時間でもねばる。それは親の代から続く風習のようです。人に嫌な思いをさせるのをなりわいとしているかのようです。金にならない人の挨拶などは無視。女は金で動くと思ってるふしのある言動。行動の基準が「金」であればいっそいさぎいいものですが、そこに下劣な好奇心や女性差別も加わり なかなかやっかいです。

 実は悪人については前から書きたいと思っていたテーマでした。なぜかというとその人の知ってる悪人の悪さ加減?とその人の世界の大きさって比例するんじゃないか?と思っていたからです。この回を書く前は別の人を書く予定でした。ずる賢くて浮気ばっかりして現在は「はげ薬」で大もうけしてる人。でも小粒だなー、しゃーないかと思っていた矢先、少しは規模の大きい悪人を思いついたと喜んだものの、Aの決定的な悪事は私は知らない。私こそまだまだ小粒な人間です。

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Yesは慎重に

 限りある時間の中で、自分の好きな時間をより多く確保するための手段の一つに、お義理のつきあいを少なくするという方法があります。気の乗らない誘いには答えをにごす大人の技を身に着ける。子連れの友達と会うとなんかなると、とにかく乱されてぐったりです。さほど親しくもない友人知人の「今度会おうね!」なんていうよくある挨拶に 小心者でいい顔したがりの私はすぐに「うん!」なんて言ってしまうのですが、それってよくないんじゃないかと思い始めました。自分の言葉に誠実に慎重になれば、実現しそうもない軽々しい約束は口にすべきじゃないし、そんなセリフを言う人にも問題ありとします。社交辞令は「機会があったら飲みましょう」「また会えたらいいね」という。

 相手の欲求をそのまま受け入れるYesは負けとも考えられます。子どものころ「先生の言葉に なかなかはいと言わない素直じゃない悪い子」と言われた私ですが、私の人生においてはその方が正しかったのです。相手のペースにのまれてついついYesなんていわない。ひと呼吸おいて自分のペースに巻き込むふてぶてしさを身につける。憎まれずになめられずに自分の欲求を通すには、Yesはふさわしい言葉とは限りません。まだまだ遠い道のりですが、言葉や態度で自分を上手に表現できるようになりたいです。

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久しぶりに人前で泣いたこと

 医師の心無い言葉で傷ついた、という話は巷でよく聞く話です。私は幸いにも今までそんな経験はなかったのですが、先日ついに遭遇してしまいました。具体的にいいますと、ケガしてできた傷あとにたいして「あなたは傷っていうのものがどういうものかわかってないようですが、傷は消えるものではないんです。一生残るものです。ただ年月がたったら薄くなるだけです。傷を消すことは不可能なのでこの先日焼けなどを避けてきずあとの色が濃くならないように注意してください」です。聞く人によっては正確でしごくまっとうな診察なのかもしれないけど 面と向かって無表情で事務的に言われたらなんだかしみじみ悲しくなって泣いてしまいました。

 この医師の言葉で私はショックをうけ、混乱してケガよりもさらに悲しい気持ちになりました。でもこの医師だって私を泣かせるために診察したわけではないのでしょう。この医師は自分の言葉が患者にどういう影響を与えるのか、考えてなかったのでしょうか。高い能力をもって高い教育を受けてるはずの医師でも、相手にあわせた話し方や言葉の選び方をするのは難しいことなんですね。性格によって向き不向きもあるだろうし。となると高いコミニケーションの能力がある人はすばらしい特殊能力の持ち主なんですね。

 私の愚痴を聞いた医療関係の仕事をしている友人は「医師も人間なのだから疲れていたり忙しくて事務的になったりすることもある。医師の言葉を重くとりすぎないで、こちらも客観的に冷静に聞いたほうがいい」とアドバイスをしてくれました。それはすごくまっとうな意見です。でもケガしたり病気になって病院に来てる人の中には客観的で冷静な状態でいることが難しい人も多いのでは。私なんか病院に行くだけで緊張します。知識もないし不慣れな環境だし具合も悪いし 病院では私は弱者です。だからどんなに疲れていようが機嫌が悪かろうが やっぱり医療関係者は患者には配慮してほしいです。客観的に冷静に言葉を選んでほしいです。甘えてるでしょうか、期待しすぎでしょうか?

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公開 コメントへのお返事

 aiさんはじめまして。コメントありがとうございました。意外だったのと同時にすごくうれしかったです。それというのも前回はとりわけ自己嫌悪に陥ってた回だったからです。なんで藤原紀香が嫌いなのか、もっと深く詳しく考えて書くのがせめてもの礼儀じゃないかと。

 注意点が2つ。一つ目は私は藤原紀香その人を知っているわけではないのであくまで藤原紀香タイプの人(美人でまじめでいい人)のことを書きます。2つ目は 実は私は藤原紀香に たいして興味はないので(愛情の反対は憎しみではなく無視か無関心だと思います)、藤原紀香タイプのことをあまり理解できていません。でも相手のことをよく知りもしないのにとにかく嫌いで虫唾が走るんです!

 藤原紀香を嫌いというと「コンプレックスなんじゃないの?」といわれてしまいそうなんですが、私は別に藤原紀香と同じ所にゴールを設定しているわけではないので 負けてる、とは思えません。目標の位置がかなり離れたところにある人っていうのはわかりあえない第一歩でしょう。藤原紀香はストライクを投げてる、でも私はちがうところにミットを構えてるから私のミットに球は入らない。

 それでは私も直球で、なんでいけ好かないのか?考えました。おっちょこちょいであろうがなかろうが、美人でまじめないい人が前面に出てるから嫌いです。子どもの頃からクラス委員とかやって体も大きくスポーツも得意。でもそんな強者の発想ってどうも無神経になりがちです。数が多くて声が大きいからってそれがいい意見だとは限らないので。でも彼女は大人になってもいい子ちゃんコメントやってます。「仕事は常にプロ意識をもってやります」「家族はとても大切な存在です」。アフリカかどこかの子どもたちにいいことをやってあげたらしいですが、寄付は匿名でやれっつーの。そんなキャラクターが言葉を発しても きれいにつるつるすべるだけ、私の心にはひっかかりません。ね、高島礼子はいい人ぶってないでしょ?

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藤原紀香と高島礼子

 藤原紀香と高島礼子、なんとなくおんなじタイプに分類できそうなこの二人、でも私にとっては好きと嫌いにわかれる二人、ちがいは一体何か?お互いのことをわかりあえて友達になれそうな人(高島)。イマイチ相手の楽しみとかニーズがわからず、出会っても「お疲れさまでした~」で終わりそうな人(藤原)。

 後者は私の嫌いなまじめでいい人です。そして『ガラスの仮面』の姫川亜弓タイプ。きれいで頭もよくスポーツも大好き、家も裕福でクラスの女王様的存在。恵まれている故の孤独もあるでしょうが、気が強くてプライドも高い彼女は決して人に弱みを見せません。陰でねたんで悪友と悪口をいってた私とは大違いです。限りない上昇・ポジティブ志向の藤原紀香。残念ながらCMで見かけてもなんとなーく共感できません。

 なぜ私は高島礼子は好きなのか?。「(私は女優なので)料理はしません」っていってのけた潔さにまず好感を持ちました。そして数年前テレビで高知東生が「メークインって何のことかわからない」といってたのを聞いてからでしょう。なんだか彼女の器の大きさを見た気分でした。やっぱり人間らしく何かしら欠陥がないと愛せない私です。

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好きな言葉

 私のお楽しみテレビ番組「旅サラダ」、の後の今日の「建もの探訪」(渡辺篤史が素敵なこだわりの暮らしを拝見!たいていは趣向をこらした夫婦の家)は面白かったです。いつもはテレビ用にきれいにセッティングされた幸せそうな他人の姿には特に興味もないので、「ふーん」と冷ややかに見る夫婦もあるのですが今日は見ごたえがありました。建築素人の私にもわかるたっぷり手間とお金をかけた家。ご主人の家業は石屋さん。かなりの繁盛っぷりとみました。そしてその奥方。外見は小さくない綾戸智恵風。お金と人をたっぷり使ってきたであろう鷹揚な態度に苦みばしった厳しい表情。かっこいー!富と美しさと知性、これが合わさるとなかなかの存在感と迫力がうまれます。

 家は贅沢な石をふんだんに使って建てられています。そして家の中で奥方の好みにそぐわないものは何一つ置かれていません。「洗練」=磨き上げてあかぬけした品のあるものにする。「瀟洒」=すっきりとあかぬけしている。 いい言葉を教えてもらいました。

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公開ねぎこちゃんへの手紙

 新しい生活が始まっていかがお過ごしでしょう?なんか凹み気味の様子だったためちょっと気になってしまいました。ねぎこちゃんの時として不器用に見えてしまうくらいまじめで一生懸命な所って私にはない美点です。一見 すごく独特の発想・行動に思えてしまうけど、その戸惑いや不安や恐怖や世間知らずな所は、実は誰もが持っているものだと思います。男の人とか大人って思われてる人たちも 表には出さないけどそんな気持ちを決して感じていないわけじゃないんだ、ってねぎこちゃんと話してて教えられました。こんな人でなしの私ですが、少なくとも私にはねぎこちゃんは必要な人間なんです!私の為にいつまでも変わらずねぎこちゃんらしくいてほしい。無理して周りに同調する必要も自分を殺す必要もないと思います。そんなときは少し離れて一人で静かに本を読めば ねぎこちゃんらしくて素敵だと思います。

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さすがインテリ

パラパラめくっていた雑誌のマナー講座的コーナーに うーんと頷けることが書いてありました。映画館でおしゃべりをする、電車の中での迷惑行為をやめさせるなど 見知らぬ人に注意する時どうすればいいか?回答として「できるだけ落ち着いて静かな声でフレンドリーにやめてくれるように言う」。正論を堂々とふりかざすことほど野暮なことはありません。それをかっこよく、相手のプライドを傷つけないように、愛情も持ちつつ、なおかつ効果的に言う。なんて大人な態度でしょう。私が今までそんな場面にでくわした時は ●できるだけ我慢して注意しない ●冷たい目でじろじろ見る、振り返って見る ●それでも言わなきゃいけない時は、無表情に最敬語を使って注意する でした。そのココロは「注意する相手との距離をとりたい。ほんとはこわい。ケンカにならないように冷静に言いたい。」てなところでしょうか。小心者丸出しですが、でも注意される相手にしてみればただ冷たくて感じ悪い人になってしまっています。怒鳴りちらしたり、とにかく我慢したり、陰口をたたいたり、暴力を振るったり、人の本性って怒るときに出るのかもしれません。注意する役って今までは他の誰かがやってくれていましたが これからは守られるだけでなく誰かを守っていく必要もあるんだと感じる今日この頃です。お手本はサザエさんちのフネさんです(戦前なのに女学校卒のインテリ)。

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悪口

 秋が深まってきました。空気はぴりりとひきしまり、豊かな実りのいい季節、なのですが、今日は人の悪口です。私が悪口を言われているであろう人の悪口を言います。悪口の対象は「陰口を言う人について」!悪口の要点は「私にとっての利用価値がないので最低限のかかわりにする」です。そして「言いたいやつには言わせとく」。普段は不愉快になるからできるだけ考えないようにしているのですが、世の中渡っていく上ではむかむか気になることもあるので ちょっと考えてみる気になりました。はてさて 正しく理解できているかは不明です。

 陰口をいうということは表では迎合しているということです。本音じゃないけど肯定して、後で否定・批判する。迎合する理由としては、深いつきあいをしたくないから意見したり話し合ったりしたくない。その場をやりすごしたい。嫌われたくない。自分の意見に自信がない、といったところでしょうか。でも不満だから後で・陰で悪口を言う。いずれもマイナス思考で心を閉ざした状態です。やっぱりあんまり好んでお付き合いしたくありません。そして迎合するって失礼なことだったんですね。さて、すでにみなさまお考えかもしれません。「じゃあ、たった今は?陰口たたいてるのでは?」うーん、これは公開&発信悪口なので今回だけ見逃して下さい。

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人格否定

 サブタイトル「地獄の一週間」。私にとってつらい事のかなり上位に入るのは「集団生活」でしょう。会社や家庭で 役割(リーダーであったり嫁であったり)にふさわしい言動を要求されること。これを人格否定だなんて思ってしまう私はアマちゃんなんでしょうか?

 役割に入ってない事柄(ネットする、ビール飲む、新聞・本読む、一人になる、遊びにいく、友人と会う)がやりにくい生活。さらに一緒に生活する人が自分のことを理解してくれない、わかりあえない人だったとしたら。この一週間、こんな生活だったんです~。疲れる。悲しい。悔しい。涙が流れて止まらない。脈略なくいろんなことをマイナス思考で攻撃的に考える。さらに弱いものにつらくあたってしまう。なんて未熟な人間でしょう。

 気を取り直して考えれば「相手を立てる」という言葉もあります。相手を立てて自分を封じる。私の好きな人との関係は「対等」なんですが、世の中にはいろんな位置関係も存在するわけですね。自分の好きな物ばっかり食べてもいられません。しょうがないから人格否定だなんてすねないで なんでも食べられる大人になりたいと思います。

 

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新しい自分になる

 今年の衣替えは大型ごみ袋2袋分洋服を捨てました。私はもともと物は多くもたない上に物を捨てるのが大好きなたちです。がしかし私も一応女子ゆえ服となると買うのは好きだが捨てるのはつらい。そのつらい思いを断ち切るために心の中で唱えてた呪文です。

 私が服を捨てられないのはしみったれたケチ心のせいだ。「また着るかもしれない」とか思うな。年月は私の肌も外見も気持ちも変えていくから、何年か後は今とは違う服を着たいと思うはず。願わくばもっと美意識も金回りも進化しててほしい。それに服をとっておく場所や管理する手間にひきずられるのはもういやだ。それを今日克服して新しい自分になるんだ!

 つらかった後はなんか新しい服を買ったときみたいな期待感と爽快感です。後に残ったのはこれからの私のための服。高い服だとすてられなくなるから これからは心おきなく捨てられる服しか買わないぞー。私の金回りも美意識も気分も体調も表現する まるで皮膚の一部のような服。

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QOL

 クオリティオブライフの略で医療用語のようです。例えば、末期ガン患者が命を延ばすことと痛みを和らげること、どちらを優先するか その人のQOLの考え方で決めるというような。今日書きたいのは本来の意味とは離れて QOLをそのまま訳した「生活の質」についてです。先日とあるお金持ちの家で夕ご飯をごちそうになりました。秋刀魚、マツタケご飯とお吸い物、サザエのお造り、煮物は面取りして一度素揚げして煮浸しにしてあります。プラス ビールと地酒と季節の果物。奥様が作ったのかお手伝いさんがいるのか定かではないけど、旬の食材を贅沢に使い、作る手間暇も惜しんでない なかなか結構な食事でした。お好み焼きとかカレーとか私毎日貧乏食食べてるんだ・・・なんて悲しく思えてくるほどでした。こんな食事を常食としている人の「生活の質」はわりと高いところにあるのだと思います。私自身はそんな高ランクなど望みも致しません。私の望むランクの「生活の質」は酒と肴とお茶とご飯、住む所とこざっぱりした服、車と温泉とたまの海外旅行・・・。それでも全部かなえられてはいません。何事もバランス。もっとがんばって働けってことですね。

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野ばらちゃんに執行猶予を!

 「人にはそれぞれ事情があるのです」と野ばらちゃんも書くとおり、私も諸事情によりカフェイン・刺激物は控えるように という体になってしまいました(大げさな・・・)。これがしかし 制限された時に盗み飲むコーヒーのしみじみ美味しいこと!頭と体にしみわたり 静かな幸福感が湧き上がります。野ばらちゃんが今どこにいるのかはわかりませんが、諧謔(しゃれ)精神溢れる心の内ではぺろりと舌を出し「しくじった」なんてつぶやいてるのかも知れません。私が心配なのは、Vivienne Westwoodのお洋服が野ばらちゃんを守ってくれているかということです。どうかそうであってくれますように。

 野ばら作品はムラもあるけど、私が一等好きなのはやっぱり野ばらちゃんが魂で描いた『世界の終わりという名の雑貨店』です。あのニュースをきいてまた読みたくなって読むと、くやしいかな なんだかより理解できたような気持ちになりました。京都の古い雑居ビルで小さな雑貨店を開く「僕」と Vivienne Westwoodに身を固め とにかく孤独だった「君」との切ない恋の逃避行のお話です。毎日お店に通いつめる彼女に、雑貨店が閉店する時、ここがなくなったら「君」はどこへ行けばいいのだろう?と「僕」は心配します。それと同じように私もこのお話の中に心の居場所を見つけました。法律が私を守ってくれることもあるけど このお話だって私を守ってくれたり救ってくれたりしました。野ばらちゃんは人助けもきっとたくさんしてるんです。そこんとこ併せて一つ執行猶予ってことでお願いします。署名運動やりたいくらいです。

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この夏

 この夏はCKB(クレイジーケンバンド)の「タオル」ばっかり聴いている ちょっとノスタルジックでけだるい夏でした。新作『soul電波』のコピーにもなっていて 「タオル」の歌詞にも出てくる「考えるな 感じろ!」というメッセージは大好きな言葉です。

 私はたいてい「感じる」人間です。気迫でにおいで音で感じます。なるほど、東洋一のサウンドマシーンの剣さんが「感じる」のは当然のことなんですね。全然知らない土地でおいしそうな食べ物屋さんを見つけたり、ジャケットやタイトルで面白い映画や音楽を探したりなんかは「感じる」ことへの鍛錬がなせる技です。鍛錬中の私の食指が動いたのは『ゴーストワールド』(2001年アメリカ)でした。そうしたらビンゴ!でスティーブン・ブシェミ(わかる人にはわかるマニアック俳優)が出演。お気に入りのセリフは、電話がなっても出ない理由を聞かれたブシュミが「僕と話したいと思う人間となんか話したくないんだ」っていう所でした。こんなことに現(うつつ)抜かしつつ、頭の働かない夏は過ぎていきます。

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aiko大好き

 今日「うたばん」にaikoが出てました。aikoは大好きで、最近はちょっとご無沙汰してましたがアルバムの7.8割は聴いてると思います。テレビで歌ってる姿は堂々として歌姫の貫禄すらもありますが、やっぱりaikoの魅力といえば「共感」とか「日常の友達」感覚だと思います。友達の結婚や出産を喜んだり、恋の報告をし合ったり。好きな人への思いを歌ったり。心を許して弱いところもずるいところもエロいところもかわいく出せる、才能あふれる上等の友達。

 さて、恐れ入りますがなんだか今回は自慢話になってしまいそうです。「何でも話せる本当の友達がいない」というのは世間でよくきく声ですが、これは理屈にもかなう しごくまっとうな正論だと思います。経済的(お金・労力)な問題や精神面でも相手に迷惑・負担をあたえないで、フィフティフィフティに対等に人づきあいをする、これが大人のつきあいでしょう。よってまとも(常識的)な人間であるほど友達を必要としない。私が親しくしている人・興味ある人・好きな人はやっぱり人間的な欠格を抱えていて(ごめんなさい!) それで私を面白がらせてくれたり励ましてくれたりします。気になるから連絡もとだえないし。まっすぐ前を見て一生懸命家庭とか仕事とかを守るのも一つのやりかただけど、下から見上げたり斜に構えてみたり いろんな面白い世界の見方を教えてくれるのは大好きな友人たちです。

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がっちり固める人

 心やさしくまじめで勤勉です。約束を守ります。弱いもの(女/子ども/年寄り/病人)も守ります。わりと質素な倹約家です。貯金大好き。でもいきなりやたら高いの買ったりもします。健康志向です。心配性です。将来のこともたくさん考えます。余計なことは言いません。賢いです。プライド高く人に弱みは見せたくありません。義理硬いので 家族・親戚・仕事関係・友人知人の絆は長く強く冠婚葬祭も得意です。

 嫌いなところ。一番は笑えない所。私をわくわくさせてくれない所。正しいこと言って説教する所。気に食わない人間・事柄は排除する所。私は排除されても一向に構いませんが。愛情あるのはわかるけどまじめなゆえになんか面倒くさくて重い所(お礼メールや盆正月の挨拶とか)。だから人とのつきあいでも お互い一歩引いてつきあわざるを得ません。わかった!だから「がっちり固める人」って友達少ないんだ。私はだめ人間だけどたくさんのふわふわした楽しい友人たちとの出会いに恵まれ、すごくありがたいと思います。

 

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努力した人は幸せになってよし

 いとこの姉ちゃんの話です。そろそろ40に手が届く農家の長男に嫁いだ3人の子持ちです。農家の仕事はきつく、義両親とも近居ですが一家の収入はそこそこ。彼女の生い立ちとしては、実家の経済状況ははふつうのちょっと下、頭はそう悪くないと思うけど高校中退。人柄はそう悪くないと思うけど根性がないのか?お勤めも続かず、水商売なんか適当にやってるかんじのなーんかフラフラした いなかによくいるタイプのねえちゃんでした。本人にも情けない自覚はあったらしく、盆正月の親戚の集まり・法事なんぞのフォーマルな場所には極力姿を現さない。私との接点は 居酒屋や喫茶店にたまに呼び出されてはタバコ吸いながらけだるい愚痴を語り合うようなゆるーい雰囲気のつきあいがけっこう居心地がよくて好きでした。

 ところが最近親戚の結婚式があり、そこに彼女が自ら進んで出席したのです!若いころははっきりいって親戚に合わせる顔なんかなかった姉ちゃんです。出席の理由、推定①中年になった年齢のなせる技(ずぶとくなって昔ほど人の目をきにしなくなった) ②そんなに出席の義理もない親戚にもお祝いを包める経済力を身につけた ③農家の嫁の立場を勤め、子どもも産んで 人に顔向けできる状況になったと自分で思えるようになった。

 結婚するときの彼女の一番の願いは「経済的に不自由のない暮らしをする」でした。だからいなかに住むこととか農家を継ぐことにもなんとか目をつぶれたんでしょう。私にはできないです。そして嫁いで7・8年にはなるでしょうか。その間に紆余曲折はあったでしょうが、時間はかかってもいいから 自分で努力して満足できるような状況にした、ってすごいなあと思いました。好きな親戚の姉ちゃんだったので幸せそうな姿を見てほんとによかったなあと思いました。 

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経験VS想像力

 どっちがエライか?私は想像力に1票です。でも想像するにも経験をもとに想像する部分もあるのでビミョーなところではありますが、最大の武器は 経験=有限VS想像力=無限って事です。

 経験がエライ派が価値を置く人は「長く生きた人」。まさに先生と呼ばれる人がいる世界(政治界とか学校とかイナカとか)、割と経済的にも豊かな世界だし、何より年長者をいたわるのは感心なことです。ただ例外は先生でも経験を医療現場などで生かして使うとき。データ(経験)が多ければ多いほど信用性も増します。しかしそのデータを今回どうやって使うかを想像することが必要なので、この場合の先生は想像派に入れさせてください。

 対して想像力がエライ派(私)は、「心(漠然としてて申し訳ない)がよく動く人」が理想です。ご説明しますと、想像するには割と高度な感受性やら頭脳やらが必要です。動物は すばらしく効率的にプログラミングされた遺伝子のもとに行動しているように見えます。でも自分自身の想像の余地はあんまりない。人間はある程度自分で想像しながら行動を決められる分迷いや悩みもあるのでしょう。

 しかし考えれば考えるほど経験と想像力の差は紙一重です。でも言いたかったことは心の動きのあんまり伴わないうっすい経験は豊かな想像力に劣る、だから「経験したこともないくせに」って自分で思ったり人から言われても、あんまり卑下する必要はないのではってことでした。

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何を食べるか

 最近やり玉にあがってる中国から北海道のにせ牛肉コロッケまで食品業界が巷をにぎわせています。食べるって命にかかわることなのに 利益追求の企業の手にかかればこんなに危うい状態にたやすくなるものです。「スーパーサイズミー」(一ヶ月間マクドナルドを食べ続ける実験をした映画)のいうとおり、食べ物によっては命が縮まります。この3つに共通するのは 消費者は価格の安さを求め、企業も安い商品を提供した というところでしょうか。

 ロハスかぶれの私はオーガニック野菜やら自然食レストランやらが大好きです。ちょっと高めの価格設定で、地球と体に優しい私、なーんていう付加価値も一緒に買ってるのでしょう。だって毎日の食物が私を作っているのであって、たまーに食べる自然食なんてたいして影響があるわけないのです。それに企業がからんでるからには儲けのからくりがないわけないし。今回の騒動で私がますます強く思ったのは、他人をあんまり信用するなってことです。そして 今の世の中自分が食べるすべての食物の安全をチェックするのは不可能なので 体を鍛えるなり自分で作るなり勉強するなりして自衛していくしかない。サバイバルな毎日です。

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あー受け流したい

 世の中には金を出すから口も出すという法則があります。お上からのものには 失業保険をもらうときは就職活動をしろと言われる、生活保護をもらうときは贅沢なくらしをするなといわれる、育児手当?をもらうときは学校に行かせろと言われる、弱いもんは言われっぱなしですね。その他民間では お祝いなんかをもらったらその額に応じた口出し・手出しをされます。たくさんの人がそうだと思いますが、私は口出しされるのは嫌いです。

 お祝いなんかは半ば義務的なものですが、本来の好意とか愛情に基づく「give」は、むしろ「求めよ、さらば与えられん」のほうに私は一票入れたいです。すなわち ほしいと思うからもらえて初めてうれしいと思える。愛情とか恵みをつかむのは自分のニーズあってこそ。一方的に与えるのは自己満足にすぎず、相手は迷惑な場合もあるでしょう。

 子どもが泣いていたら保護者はあやして下さい。周りは迷惑なので。そっとしてほしいと思っている人には周りは口出しをしないで下さい。ありがた迷惑の口出しはうんざりです。だからみんな「右から左へ受け流す」の歌が好きなんだと思います。

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季節のご挨拶と不動産について

 嫌いな方もおありでしょうが、梅雨は私にとっては過ごしやすくてなんだか神経が研ぎ澄まされる思いがするほどの大好きな季節です。二十四気(一年を24等分に分けた陰暦の季節区分)では「芒種(ぼうしゅ)」と言われる今頃の季節ですが、初めてこの言葉を聞いたときは ミステリアスで でも梅雨の雰囲気もうまく伝える素敵な言葉だと思いました。梅雨の長雨でせっかく蒔いた種も流されてしまったとか腐ってしまったとかそんな意味なのでしょうか。それとは反対ですが、雨はマイナスイオンが発生して落ち着きます。そして雨に煙る灰色の景色。灰色は人を最もリラックスさせる色だそうです。なぜかというと (色見本帳となどに載っている)丸い色彩表の上下左右の対称色(例えば赤と青緑、紫ときみどりなど)を混ぜるとすべてのパターンが灰色になる。その二つの色の関係を補色と言うのですが(補色同士はすごくおしゃれな色の組み合わせです)、補色というからには灰色が完全な色と考えられてるんじゃないか、と。なんか古(いにしえ)の教えを考えるシリーズみたいになってしまいました。雨の恵みを受けて謙虚になってしまうのでしょうか。

 新緑の木々や草花も雨が降ったあとはたっぷりご潤って、餌を食べた後の動物みたいな満ち足りた表情をしてパワーに溢れ ぐんぐん成長していきます。神社やお寺に生えてるようなご神木など 大きくて長く生きてるものには穏やかなパワーを感じるし、大きくなくても若くて成長途中の木にもさらに力強いパワーを感じます。その近くで暮らせたらなんかいい恩恵にあずかれそうです。私が歴代感銘を受けた言葉に「なんだか知らないけどいつもゲラゲラ笑っているアフリカ人」、「貧しいんだけどいつもニコニコしているペルー人」ていうのがあるのですが、自然のパワー溢れる土地でそれぞれの恵みを受けながら暮らしているであろう姿が想像できてうらやましいなあと思います。ああ、大きな木がある家に住みたい・・・

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あこがれの人

 私が知ってる中で一番裕福な人のことを書きます。近所の人です。身近にいないとその家のほんとの経済状況ってなかなかわかりにくいものです。彼女は昔からある広い土地と見事な庭と大きな家に住んでいます。生まれながらにそれらは彼女のものとなり、お婿さんをもらい、そのまま財産を受け継ぎます。(しかしながら夫婦仲は悪く、彼女は東京にある娘の住まいに家出中!自由に選べる選択肢があるってやっぱり贅沢・・・) 買い物が大好きで、家中にはちょっと重たくて甘ったるいくて意外と埃もたまってるけど まあまあ趣味のいい品物とフラワーアレンジメントに溢れています。美人で恰幅も気前もよくて返事もよし。旅行・お出かけ大好き、人前に出るのも好きなので、役員をやってくれたり、選挙の応援演説もやったりしてます。その演説は意外とよかったです。「・・・教育と福祉に力強い情熱を注いでおられるナントカさんのお姿に感銘を受け、微力ながらも何かお手伝いがしたくて女性支部として「ひまわり会」を結成いたしました。(緊張と高揚のあまり震える声で)胸がいっぱいで・・・何も申し上げられないのですが、どうか皆様、ナントカさんのお力になろうではありませんか!」 シロウトの女性が一生懸命やっているのは事実なので、人々の注目を集める、熱意を表現するには なかなか効果的ないい手です。こんな風にちょっとおっちょこちょいな所もご愛嬌で、人に好かれ私も好きです。自他共に認めるすべてオーライな彼女です。

 私はなぜだか子どものころから彼女にかなりあこがれていて、彼女に近づきたいというか美点を身につけたいと思って、彼女だったらこの場合はどうするだろう?どう言うだろう?というようにマネしたりしていました!血縁関係もないのに。きっと人を惹きつけるパワーとかカリスマ性があるんだと思います。そして困ったこと。主に仕事の場面で起こりました。にこやかなのはいいけど、謝罪しないといけないときに真実味と悲壮感が足りない。おおらかなのはいいけど単純なので注意力と慎重さが足りず、詰めが甘い。積極的な発言はいいけど細かい人と接するときは揚げ足をとられてしまう。なにより売り上げ・お金に対する執着心・ハングリー精神が足りない。私と彼女、共通の欠点です。どうやら彼女はビジネス向きではなかったようです。そりゃあそうです。仕事しなくてもお金はあるしー。決定的な私と彼女の違いでした。しようがないから私本来からあったひねくれとがめつさにより自分なりに矯正を図って、少し彼女に対する憬れは減りました。彼女のようにはなれなかったけど私は私なりのよさもあるでしょう。

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世間体

 「世間体」の「世間」が個人に求めていること。一人の人間が生まれること。大きくなり節目節目のお祝いを迎えること。さらに大きくなって学校へ入学すること。卒業してまた上の学校へ入学、卒業すること。これを何度か繰り返す。就職すること。結婚すること。子どもが出来ること。出産し、また一人の人間がうまれること。その間の病気や事故がないこと。これを繰り返し 家や国や企業が発展していくこと(内需拡大)。なんか細木数子みたいですね・・・これに外れると世間からの「口出し」が待っています。口封じは・・・ほとんど不可能です。

 家族・職場・友人知人・地域など、基本的に一人でいる時意外は たいてい発生する「世間体」。気にする人もいるし気にしない人もいます。気にする人の傾向はわりとシンプルな気がします。プライドが高い、優越感を持ちたい、見栄をはりたい という欲求が比較的強くて 他人の高い評価=自分の満足感となります。気にしない人の傾向はなかなか複雑です。自分の評価・好き嫌い=自分の満足感?世間体を気にする人以上のとびっきりの優越感やはたまた劣等感を持っているのかもしれません。または世間とは距離をおいていたいという意思の表現。すごーくお金持ちかすごーく貧しいか 働かないと食えない中間層にはなかなか難しい表現方法です。あとはかなりのルーズか神経質か。とにかく幅広い世界のようです。

 世間に認められるけど口出しされるか、ほっといてくれるけど社会からは切り捨てられるか。世間体も半分くらいは気になる欲深い私としては、自由に泳ぐためには「波風たてずに世間に従わない」 しぶとさとたくましさを身に付ける必要があります。

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「常識」って言う人

 常識という言葉は使うのも使われるのも嫌いです。「常識がない」と言われたときは ギクリとするし、非難されて悲しいし悔しいしいたたまれない思いです。ポツンと一人取り残された感じです。でもこっちだって相手に言いたいこともあります。「あなたは良識に溢れた清く正しいすばらしい人間なんですね」「私は学も家柄も経験もデリカシーもなくて悪うございました」「世間一般の人がもっているとされる考えと自分の考えをそんなに簡単に一致させちゃっていいのか?」「常識から外れることは受け入れられずに非難するって 頭の容量、ちっちゃくないでしょうか?」とまあ、ほとんど負け惜しみです。

 私が強いて「常識」を訳すと、「他人に不快感を与えないこと」です。あんまり神経を使いたくもない相手との摩擦を少なくするための隠れ蓑です。だからあんまり情熱を持って使いたい言葉ではありません。情熱をもって行う反論・批判なのに 使う言葉が「常識」だなんて ボキャブラリー、ひいては経験・良識に乏しい短絡的で無神経な人間だって自分で言ってることにならないでしょうか?今度から私は常識がないなんていわれても気にしないことにします。

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口出しされたら

 図書館で「子育てハッピーアドバイス」っていう本をみつけて、立ち読みしかしたことなかったので借りてみました。奥付を見ると平成17年12月に第一刷が発行されて平成18年の2月で第55刷!売れてるのは知ってましたがまさかこれほどとは・・・世間様に大幅に遅れてやっと読みました。

 あんまりベストセラーは信用しない私ですが さすがにうなずける部分もありました。「相手と自分との間に境界線を引く」という章です。著者の言い分。自分に対して一方的に「こうしなさい」など口出し(侵入)してくる人がいます。しかしその意見は必ずしも正しいとは限らない。口出しされるのなんかいやだし、困った、どうしたらいいのか。そんな時は、①正しい情報を持つこと(わからないと振り回されたりゆれ動いたりしてしまいがち)、②客観的に冷静に判断すること、③他者に依存しないこと、④相手を尊重しつつも毅然とした態度・言葉で対応すること、が必要だ。これらができるようになると自分で納得して自分の行動を決められる。周囲(口出しする人)の理解があろうとなかろうと これでよしと思える、ということでした。

 学んだことはないけど心理学の基本ぽい感じもします。私の感覚では「境界線を引く」というより「人との距離をとる」という感じがよりぴったりくる気がします。未熟者の私ゆえ、他人様とのおつきあいは難しく、おそらく一生の永遠のテーマになるだろうと思います。できるだけ最小限にっていう苦手意識もあります。避けて通れないことは お悔やみ・お祝い・お礼ってとこでしょうか。これらは人生の節目・ポイント地点って感じで、日常ではないところが救いです。でも口出しする人の出番も多そう。我慢はその時のためにとっておいて日常ではできるだけ侵入者のことは考えない。でも上の4つの訓練を続ける。これで乗り切ろうと思いました。子育てにはあんまり関係なかった読書感想文でした。

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バランスの法則

 あんまり人には言ったことがない私の秘密の趣味は「寄付」です。お金も時間も労力も含みます。しかし決して私は偽善者じゃないです!むしろ欲にかられて始めました。そもそものきっかけは、ロバートキヨサキ著『金持ち父さん貧乏父さん』を読んだことでした。その中に「なぜだかわからないけど寄付をすればするほど後でお金が入ってきた」という一文があり、妙に気になり続けて、だまされ半分でコンビニレジの募金箱に100円玉を入れ始めたのがきっかけでした。そしたら不思議なことに、ほんとになんだかうなずける状況になり始めたのです。

 なんと今日その不思議の訳をひらめいたので 密かな趣味もばらしついでに書いてみたいと思います。例えば「お金」で説明しますと、たくさん収入がある人や財産を持つ人はそれに見合うだけのお金を使っても大丈夫です。これが収入と支出のバランスがとれている状態だとします。バランスがとれていない状況としては、お金がないのにそれ以上に使ってしまったり お金はたくさんあるけど使わなかったり です。お金に限らずバランスをとるのは難しいです。しかしその反面、自然の法則ではおのずとバランスがとれていくってこともあると思います。時が解決するとか水は低いほうへ流れるとか。それをまたお金に例えると、設備投資をする、寄付をするなどして まず自分が相手に何らかを与える。するとバランスの法則で自分にも必ず何らかが返ってくる。結論。与えることは入ってくる準備をしていること と言えるのではないか?と思いついてみたのですが みなさま いかがでしょうか?

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きれい

 3/20日経新聞の生活情報ページの記事は「ママはきれいを目指す」でした。かつての母親は、髪振り乱して子育てしていても 子どもにブランド品を着せることで自己実現を投影する「黒子役」だった。最近は「親子ですてきな私たちを見て」と自分が主役へ躍り出て おしゃれや自分磨きに時間とお金をかける母親が増えている、ということでした。分析としては 結婚の時期や子どもを産むか産まないかなど 生き方が多様化する中で、きれい=他人への幸せのアピールである、とのことでした。

 これを読んでなつかしい人を思い出しました。今ではほとんど縁が切れかけている古い知人です。きれいな女性でダイエット魔で海外旅行と高級ブランド品が大好きでした。多分今でも変わらないと思います。太ること、醜くなることにすごく恐怖を感じてるのが傍目にもひしひしと伝わってきていました。外面がよく愛想もよく返事もいいけど なかなか言葉と行動が結びつかないことも多かったので、私としては注意深く距離をおいてきた結果が今の状態です。失礼ながら世間にはよくいるタイプの人なので ここでさらに詳しく描写する執着はありません。この人が母親になった時のことを書いた記事なんだ、と思いました。ただ私はこの人から幸せをアピールされても うらやましくもないし今後もあんまり深く付き合っていきたいとも思いません。

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女友達

 近頃 女性専用ネット口コミ掲示板「ケセラスタイル」をよく覗きます。毎日新しいメッセージをチェックし、それに対するレスポンスも読みます。どちらかというとレスの方が面白いです。つぶやき、愚痴、悩み相談まで書き込み内容はさまざまですが、やっぱりリアルな悩みの方に惹きつけられてしまいます。おのずとレスにも力が入るし。私の偏見によりますと、ケセラスタイルに書き込む人々の傾向としては10代から60代位までの女性、常識的良心的保守的な人々であるように思います。正義感溢れる いい子ぶりっ子したがる優等生的意見(不倫絶対反対!!給食費払え!産む機械発言許せない!)に辟易することもしばしばですが、それさえ我慢すれば 良識と善意に満ちたとてもいい人たちです。

 ①知らない土地に来て友人知人もいず 仕事もしていなくて社会とのつながりが薄い(よくあるタイプは転勤族の専業主婦) ②姑舅小姑と同居していてうっぷんのたまる毎日 ③不妊のつらさを分かち合いたい なーんていう人たちの気持ちにぴったりよりそうサイトです。顔は知らないけど同じような境遇の同性と 姑の悪口を言い合い、なぐさめあい、励ましあって毎日は過ぎていきます。

 一方 私の「ケセラ~」の活用方法は少し変わってるのかもしれません。私も今世間から少し遠ざかった生活をしているため 自分のルールで何でも進めていってしまうため、一日一回ケセラを見て「世間のまともな人たちはこう考えるんだ」というのを思い知ります。世間をのぞく のぞき穴です。世間から見れば私のほうが珍しいのかも知れませんが、PCの画面では私が見物人で、その穴からさまざまな生き物を見られるのです。優しい癒し系の生き物だったり かみつかれそうな生き物とか 傷ついて弱ってる生き物もいます。何せ200万人以上も会員がいるので玉石混交、そりゃもう大変です。でも砂金は存在します。現実でもたくさんの人に会うけど 心から信頼できる友達は数少ないように、たくさんのメッセージの中から ずっと心に残るメッセージに出会うって 大事にしていきたい友達に出会う喜びに似ていて だからケセラはいまのところ飽きません。

 

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千の風に・・・とか何とか

 私にしては珍しくタイムリーな文章を書いてしまいました。暇ったらしいお昼のワイドショーをちらりと目にしたら、なんと先週ワルクチいっちゃったあの歌がなかなか売れてるそうじゃないですか!先週はいまいち言い切れてなくて寝覚めも悪かったので引き続き今週も書いてみたいと思います。

 エッセイっぽい書き出しでなんか恥ずかしいのですが、世の中の人を二つに分けるとすると、あの歌きいて感動する人と オエッて思うもしくは何も感じない人間に分けられると思います。人口比はよくわかりません。私は嫌悪感を抱いたのでその気持ちを説明します。あの歌のイメージは「集団」です。学校や趣味のサークルなんかで合唱するのにぴったりです。そんな風に集団でうっとりするのは私は嫌いです。

 家族、親戚、職場、地域、クラス、学校、教室。集団にはいろいろな形がありますが、人がコミニティを作るのには理由があります。仕事においては分業したほうが効率は断然いいいし、生活においても他人の経験や知識の交換や共有によって、危険や不安が少なくなったりします。一人じゃない、自分だけじゃないと思うことで安心するような、その気持ちは私にも理解できるし私も助けられたこともあります。ただし私はそれをただの「効率化」と位置づけています。

 あの歌で感動した人々の感想としては「主人をなくして意気消沈してたところに・・」とか「私は亡くなったペットのことを思い出して・・・」みたいな死に関することが多いです。私なんぞに「死」を語ることなんてできっこないのは十分わかってます。でも1番辛くて深いところだからその人としての有り様が一番現れてくる部分だと思います。亡くなった人を悼む気持ちは一人一人が自分の心の中に組み込んでいくことであって、それを他人と集団で共感する必要があるのか?私には共感で辛さを乗り越えるっていう「効率化」をしているみたいで なんだかはしたないと思うのです。辛い人がどんな方法であれ慰められるのならそれでいいんじゃないかとも言えるのですが、それならただ自分の辛さをやわらげたいだけってことですよね。

 共感してもらって助けられたと思う人はそのことを「自分ひとりでは生きていけない」とか「皆様のおかげて私は生きている」なーんて殊勝に考えて、集団を苦にしない人びとになるのでしょうか。まじめで社交上手な人たちですね。まちがいなく私に欠けている要素です。

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団塊ジュニア

 ちと前の話ですが、12月1日日経新聞130周年特集号 団塊ジュニアを語り合う のページ、面白かったです。かくいう私も同世代です。1971-74生まれの約800万人。私の好きな同世代の有名人は、山田花子、千秋、山崎まさよし、浅野忠信、ふかわりょう、ココリコ、堀江貴文、あと有名所では イチロー、松井秀喜 てなところでしょうか。新聞の記事で心に残った部分を勝手に要約引用いたしますと、「学生運動やバブルといった共有体験がないので、集団で意見を言ったり大声で主張はしないけれど、静かに考えている世代」、「多くを望まないストイックさ」、「生活をデザインしたい」、環境意識は高く、フリーランス志向、人の役に立ちたい願望もある。!生まれてこのかた常に多数派との差別化に努め、その時々で逆の判断をしてきたと自負する私なのに、この特徴のすべてにあてはまる不思議・・・。

 こんな友達がいたとしたら、好きな所。オーバーな感情表現をあまりしない。自分を現実から一歩引いてみる視点(なるほどお笑いの人、多いわけです)、冷めている、かしこい。あんまり強い優越感、劣等感がない、金持ちだろうが貧乏だろうが割とフリーに何でも受け入れる。嫌いな所、まだまだ甘い見通し。 フリーターも多い世代です。願わくば 政府まかせでなく、自分たちで雇用面の課題を克服し作り出したい。私たち世代もだーいすきな「自分を表現する」手段を ビジネスにおいても情報発信やコミュニティでも、今後研鑽していきたいものだと願っています。

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自分の未来を信じる by石田純一

CDかなんか出した宣伝で 最近テレビによく出てた彼が、どこかの番組で言った言葉です。名言だー。これができる人とできない人とでは確実に人生変わってきそうです。自分を信じることができにくい傾向にある人は、自分というより外堀を信じるのかもしれません。例えば 手厚い生命保険に入る、食いっぱぐれにくい職業につく、頼れる人とのつながりを深める、たくさんお金を持つ、など。理性的で知的で慎重な人々です。一方 自分の未来を信じる人々のイメージとしては、楽天的で人がよく わりとアバウトだったりそそっかしかったりしそうです。サザエさんです。石田純一はたぶん自営業でしょうが、とくにフリーの生業の人には この心がまえは特に大切な考え方だと思います。仕事が来なくて収入がなかったらどうしよう?今は仕事があったとしてもコンスタントに収入がなかったら蓄えもできず老後はどうやって食おう?何か困ったトラブルが起きたらその責任を自分は負えるか?災害・病気・事故にあって働けなくなったらどうやって家族を養うのか?心配性の人ならまだまだ困った事態を思いつき 眠れぬ夜が続きそうです。でも私はなんかこの言葉で救われたというか、「その手があったか!」と思い知りました。やぶれかぶれだろうが開き直りだろうが。石田純一教に入ろっかなあ。

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贅沢

 珍しくリッチなホテルに泊まりました。部屋もお風呂も広くて手入れが行き届いています。洗面台の鏡がかっこいいなあと思ってよく見てみたら、壁と鏡の隙間に細長い蛍光灯を隠して照らしてました。間接照明だ~。その大きい洗面所の広い椅子に座って考えたことを書きます。

 私の贅沢の基本は、広い、たくさんある、ゆっくりする ことです。その対象とは、(自分の判断で自由になる) お金、価値ある物、食べ物・飲み物、時間、他者とのかかわりかた。自分自身の感情もこうありたいものです。

 しかーし、贅沢との反対語ともいえるであろう 近ごろずっと気になっている言葉もあります。「しのぐ」です。意味は、辛い思いに耐えて克服する、我慢する、防ぐ。困難を切り抜ける、乗り切る、です。寒さしのぎ、急場しのぎ、その場しのぎ、退屈しのぎ。シンプルでハードボイルドでぎりぎりできびしくて、かっこよくて好きな言葉です。贅沢としのぎ、どちらも知恵もいろんな力も必要で大人っぽいにおいがします。私は今まで圧倒的にしのぎでやってきました。甘い見通しで物事をたくさんつめこみすぎ、危機管理にまで頭が回らず、トラブル・突発事故に対応するため、一時しのぎをする。

 その点、心がけのいい人のやり方はどうでしょう。しのぐの反対語をもうひとつ、「準備する」としてみます。前もって必要な品物や環境を整えること。したく、用意、段取り、手はず、手配、手回し、備え、設け、下ごしらえ、下準備、お膳立て、道具立て。・・・なんか皇室みたいです。なんか因循姑息で性格悪そうな気もしますが、試験とかビジネスとか旅行とかその他いろんな事にも応用できます。わかってることには準備をしておき、予想外のことでもどうにかしのぐ、これが大人としてやっていくことなんだなあ と思いました。

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かよちゃんについて

かよちゃんは「不安な人々」のシンボルです。いつもにこにこ愛想よし。いかなる時・場所でもまじめにきちんとしています。初対面の人には丁寧な標準語で話し、お年寄りにはその土地の言葉で話します。ポイントは、人に合わせる、です。はやりのおしゃれをしてることもあるし、シャツにジーンズのこともあります。ポイントは、よくある格好、です。いつも髪はさらさら シャンプーのほのかないい香り。ポイントは、人に好かれるです。なんらかの事情によるコンプレックスがあったりします。心配する事も多いです。もしものときのお金・物はたくさん蓄えておきたいです。保険、資格はだーい好き。交際費には重きをおかず、友人知人世界を広げるというよりはおうちでおとなしく過ごします。それで意外と世界は狭いです。狭い世界の中でいろいろ思い悩みます。そしてその悩みを他人に共感したりされたがったりします。さみしがりやなので彼氏彼女はほしいし早く結婚もしたいです。そんなことばっか話してます。きっと「アンジャッシュ」好きです。私は嫌いです。あほな私なんかが想像できるのはこれくらいですが、すでに、風通しわり~息苦しい~窮屈~です。でもきっと私なんぞの想像もつかないくらいのまだまだ繊細な思いはたくさんあるんでしょう。私は自分が世間様をこんなに横目で見る存在になるなんて想像もしてませんでした。人生って不思議です。僭越ながら夏木マリ、モモイカオリ、YOU、もこんなこと考える夜もあるんでしょうか。

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喫茶店

喫茶店でコーヒーを飲むのが好きです。コーヒーは家でも飲めるけど なぜにわざわざ外に出かけるのか?自分でお湯を沸かしたり後片づけをするのが面倒だからか、気分を変えるためか、いろいろありますが 今朝喫茶店でコーヒーを飲みながら考えたことです。ヤンキーあがりっぽい兄やんがトレーナーとジャージ、全身黄色で登場~とぼんやり眺めていると、後からそのまた兄貴分ぽいおっちゃんも現れました。短髪の金髪でグッチっぽいサングラスになぜか十字架のピアス、指輪。(いきなりクリスチャンだったらおもしろいのに・・・)もちろんジャージにセアンドバックを携え、たてづづけにタバコをふかします。いちおう地元では評判の焼きたてパン屋さんの一角にカフェコーナーがあるような ここらのイナカでは唯一といっていいおフランスの香りただようお店の中で その一角だけはパチンコ屋の風情です。普段はあんまり接することない人々なのでついついその人たちの生活スタイルとかシノギとか、想像を膨らませます。そのお隣は、かわいくて気の利いたお洋服着てるのに肘なんかついてお行儀悪くだらしない食べ方のママと赤ちゃんとそのばあちゃん。きっとできちゃった結婚ね、などどくだらんことを考えます。そのお隣は見事に全員ジャージのさえない一家。ジャージばっかりですが。こんな風に、エレガントな服、きちんとした髪、いきいきした表情・化粧よりも 気の抜けた顔、趣味悪い服、カタギじゃなさそうな様子の方が好ましいです。その仲間、何食べて何飲んで何話してるのか?飲み方食べ方座り方、どんな仕事してどんな家にすんでいつもは何食べてどんなこと考えてる人なのか?おもしろいったらありゃしません。その人たちのパワーをもらいに、私は起き上がり着替えてちったあお化粧もしてわざわざ出かけていくんだと思います。

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落ち着いた暮らしをする

 知らない住宅地を歩くのが好きです。豪邸があったり すんごいぼろいアパートがあったり はたまた瀟洒な洋館があったり 東海林さだお気分であちこち歩きます。願わくば新興住宅地よりも古くからのご町内です。松とか槙とか実のなる木とか 花スパンではない 木レベルの息の長い手入れが必要な庭があるような。そこには 脚立とか水撒きホースとか剪定バサミなどの ちんぴら賃貸生活の私なんぞは普段なかなかお目にかかれない品々が置いてあります。その家からは もう長く落ち着いた暮らしをしてるんだなあ、近所づきあいもちゃんとこなし、地域の活動にも協力し(子どもかけこみ用の家とか消防組長とか)、しっかりした財産も地位も長い間かかって努力して築いてきたんだろうなあということが感じられます。ほんの数年の間にも幾たびも転居し、できるだけ物は少なく軽くをモットーに生活する私とは正反対のやり方です。

 今度「はてな」でアンケートをとってみたいものですが、自分は今落ち着いた生活をしていると感じる人って果たしてどれくらいいるものなんでしょうか?私が乱雑に思い描いた身近な人10人を客観的にですが想像してみるに4人、40%が落ち着いた生活をしている人でした。客観的にみた根拠の事例。未婚・既婚・家庭をもっているか。ローン・借り入れがあるか。子どもや介護ややっかいな仕事など、自分以外の人の面倒をみる必要があるか。自分自身が事故や病気その他のトラブルをもっていないか。安定した収入が長期的に見込める職業についているか。(リタイアしていても)生活に困らない経済的体力的地域的地盤をもっているか、などです。その結果、落ち着いて暮らしていると思われる人の共通項目としては、①いろいろたいへんじゃない人たち ②自分・周囲とも今後も激しく状況が変わったりしないであろう人たち ③お金・時間・体力に余裕のある人たち というところでしょうか。

 いくら私だって 刺激的すぎる生活よりは 経済的にも精神的にも落ち着いた生活をしたいものだとは思います。年のせいでもあるでしょう。ここがポイントだと思います。年!年をとると時間も体力もなくなってくるので、それを補うお金がますます必要になります。病気・事故・外からやってくる思わぬトラブル・困った緊急事態。その危機管理のため ある程度のことがあっても食いっぱぐれない準備を常日頃から怠らない人たちがやっているのが「落ち着いた生活」なのです!うーん、シビアな人たち・・・そして今頃こんなことに気付くなんて アホな自分をまたまた実感です。

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島田さん

 知り合いの奥さんの話です。知り合ったのはバイト先で、島田さんはパートで経理やってました。私の計算間違いをいつもするどく細かく指摘するので、最初は目の上のタンコブというか いわゆる苦手な存在でした。きっと私が甘い仕事してたので、パートでも真剣にきっちり仕事する大人な島田さんと いい加減な私とはかみ合わなかったのでしょう。島田さんは何度も確認し念を押し、しつこいなあうざいなあと思ってたあほな私と違って、物事の伝わりにくさ、まちがいやすさを知ってたんだなあ、と今は思います。見た目は普通の主婦。岡江久美子か高畑淳子の感じです。おや、と思い始めたのは けっこう皮肉もおりまぜた大人な会話をする頭のいい人だったのに、私はなかなか上手に切り返せず そこで敗北を認めました。うー 10年後に乞うご期待・・・掃除のときに古くなった雑巾は自分で新しいのを縫ってくる、こげつきそうな売掛金には相手先に丁寧な手紙を添えて請求し、見事振り込ませる、そんな感じの人でした。適切な話題のチョイス能力をもち、もりあげ上手。楽しそうに気配り心づかいができるのです。でも一番の得意分野はフォロー。怒られた人、つらい人、売り上げが少ない人、トラブル発生、病気・ケガした、失敗した、離婚した人に 小さい声でそっと静かにすかさずフォロー。

 フォローといえばあいだみつをです。フォローというかなぐさめ三昧。さて、これは私オリジナルな法則ではないのですが「いい人はあいだみつお好き」というのがあります。この場面のいい人とは 病気モンのドラマで泣く人間とかを言います。私はあいだみつを、嫌いです。ナルシスト(自分をいい人だと思ってる)で その立場から物を見るので現実認識もいまいちずれてると私は思います。しみったれてるし。もちろんウェットな部分は島田さんにもあります。では あいだみつをファン(ふつうのおばちゃん)と島田さんとの違いは一体何か?経理でしょうね、経理。数字の事実を冷静にありのまま受け入れる。これで地方の田舎町でも島田さんみたいにしっかり生きられます。

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ジョニー

 『カンブリア宮殿』9/25のゲストは 男前豆腐店のジョニーでした。1968年生まれのジョニーは 私と同世代といえます。毎度のことながら僭越ではありますが ジョニーの考えてること感じてることなど わりと理解することができやすい傾向にあるともいえるでしょう。いきなり引用で申し訳ないのですが、深く心に刻まれたコメントも多かったのでぜひご紹介したいです。「失敗?発見だよ」「マイノリティー(少数派)がへこたれる必要はない。(少数派であることは)こわくない」「「(少数派であることで)他とは違ったものができるかもしれないと思った」です。

 私事で転居をしました。ここのスーパーには男前豆腐 売ってます。84円、120円の豆腐の中にあって315円。今回この文章を 実際に食べた後で書けてよかったと思います。食べてみて思ったこと。ちょっとだけジョニー気分になりました。豆腐を売ることにした⇒おいしい豆腐を作った⇒たくさん売りたい⇒そのためにはできるだけ多くの人にこの豆腐のことを知ってもらいたい⇒HPを作った⇒HPをどうやってできるだけ多くの人に見てもらうか、たくさんのHPの中からどうしたら目立つか⇒自分がどんな事を考えてどんな気持ちでこの豆腐を作ったのか、この先どんな豆腐を作っていきたいのか、それをどう効果的に伝えるか考えた⇒オレッチの男前豆腐ができた

 ジョニーがどんなことを考えてどんな気持ちで男前豆腐を作ったか、そうすけが考えました。豆腐を作るからには 自分がおいしいと納得できて、人にもおいしいと喜んでもらえる豆腐を作りたい。安全で良質な材料を使いたい。おいしい豆腐をつくるための商品開発・企業努力を惜しまない。それらを全部、喜んで楽しくやる。食べる人も喜んで楽しくなってほしい。そうなったら自分も社員もその家族も満足する。 これから季節は冬に向かいます。絹ごし豆腐の油揚げはおでんの中でのヒロインになりました(食べるのが一番楽しみな一品)。この他にも京都の冬をあったかくするオレッチの一品、お待ち申し上げております。

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一緒にするな~!!

サブタイトル「はたして人に自分の趣味をおしつけることはできるのか?」です。先先週の怒りはまだ続きます。私にしちゃ珍しい事態です。

 さて、世の中には少数派と多数派がいるみたいです。多数派は 常識とか世間体だとかいう言葉もあるし やはり数が多くて強いです。多数派の中にも流派はあると思います。伝統しきたり慣習前例を守りたい人。どうでもいい、わからないので多数派に一票の人。ほんとはちがうけど事を荒立てたくない人。ほんとはちがうから少数派の気持ちもわかる人。さらに世の中には公的場面と私的場面があります。たくさんのいろんな人がかかわる公的な場面ではたくさんのいろんな意見を聞く必要があります。しかしなんとか話をまとめるためには多数の人が持つ意見を聞いたほうが、時間・手間のロスも少なくてすみ 便利です。しかしその意見が必ずしも正しいとは限りません。仮に少数派の人が正しい理論を持っていたとしても勝つのは多数派でしょう。一票一票は力なり。

 多数派にたてついたらそんなにやりにくくなるのか?私は今回 自分は間違ってないと思ったけど、結局自分の意見を通せませんでした。そのココロは ①人に悪く思われたくないという臆病な気持ち ②人の顔をつぶすなといわれてしぶしぶ ③もうどうでもいいやというなげやりな逃げ ④人の意見を通してあげて私ってえらかったなあ なんつー自惚れ です。それでその場は丸く収まりました。私がいやな気持ちになった以外は。私のやろうとしてたことはそんなにまで人を不愉快にさせるはずだったのか?それをやめさせてくれてありがたいと思えってことか?それって人格否定です。

 そんなこと考える事態があまっちょろいんでしょうか?すべて流されていればいいのか?考えなければいいのか??多数派の人は毎日毎日がまんして暮らしているんでしょう。確かに私は 代償も大きいけど お勤めもしてないし家庭にしばられてないし多数派よりは格段に我慢してません。ちったあ我慢しろってな感じで多数派の趣味をたまにはおしつけてみたいんでしょうか?少しの我慢を毎日(多数派)と強烈な我慢をたまーに(少数派)。トータルで引き分けってことか・・・私は押し付けられるってことがこんなに人を悲しませ苦しませるものだって今回十分に教えていただいたため 今後はさらにさらに人に自分の趣味をおしつけることはいたしません。言いたかったことは「すべての人をあんたたち(多数派)と一緒にするな~!!」っていうことです。

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孤独癖

私は今混乱して どうしたらいいかわかりません。私に話しかけてほしくない、口出ししてほしくない、私を見てほしくない、私を気にかけてほしくない です。それを叶えるためには自立が必要です。他人に害を与えずに自分のお金・力で生活する。そうしたら表面的にタテマエ的には誰も私に口出す権利はありません。最近私はたるんでたのかもしれません。久しぶりに他人に怒られること続きで人が怖くなってしまいました。その怖いの中身。①人に悪く思われるのはいや ②人の気分を害してしまったすまなさ ③自分を批判された怒り ④私のためになるように私のことを思って怒ってくれる イコール 私に近寄ってこられることへのうっとうしさ などです。人の善意も悪意も恐ろしい気分です。私の心をつきさす棘です。私は痛くて涙が出て、怖くて震えます。誰も私を非難しないで。傷つけないで。まるで野ばらちゃんです。『ミシン』です。あー、願わくば すべて忘れてしまいたい。ほっといてほしい。何も考えたくない。悲しい。ふてくされていたい。一人離れた場所にいたい。現実逃避したい。眠りたいけど眠れない。何もたべたくない。憂う。酔う。なんの表情もしたくない。話したくない。・・・そしてのど元過ぎて忘れていきます。この繰り返しです。 

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おこる

常々 おこる人って受け入れる容量が狭く小さく それから溢れるのでおこるのだと思ってました。おとといの「リンカーン」見ましたか?松ちゃんの43歳のお誕生日のお祝いに どっかの球場で始球式をやらされてました。やりたくなさそうでした。私もそれと同等レベルののやりたくないことをやらされる出来事がありました。そのせいで今ちょっとおこっているのですが、今にして初めて これまで思っていたのと違う怒りもあったんじゃないかと思いました。それは自分が守りたいもの、大切にしているものを侵されておこるというものです。私は今まで おこるよりもあきらめてきていたからおこらなかったんです。おこってもよかったのに。PE'Zなどがんがんききながら(おこってるときぴったり~)車を運転していたら、国道の隣の車線に現場っぽい兄ちゃんの軽トラがとまり、なぜか二人でメンチきりあってしまいました。するどい目、眉間のしわ、しかめっ面、苦い渋い表情、どっちも一歩も譲らないっていうような 物事を甘く見ない、いい顔です。私、今までこんなに真剣に 仕事や人生に向き合ってこなかったんじゃないかなあ、と心もとなくなりました。いやなことがあっておこってたけどあの兄ちゃんに出会えたのはよかったです。

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わびすけさん

キム似です。はっきりいってすんませんが田舎の工業高校出えのヤンキーあがりです。体は大きくないけど厚い胸板のため薄いTシャツでも体で着れます、えっへん。阪神ファンです。愛用タバコはセブンスター。愛用拳銃は特にナシ。得意料理はカレーと玉子焼き。黄色いものがすきみたいですね。いろいろ強いです。2.3日飲まず食わずでもいけそう。もっとも睡眠不足には年とともに弱くなってるみたいです。暑さ寒さに強い。おしっこもすっごく長い時間我慢できます、すげー。精神的にも我慢強いとみました、私が泣かせた回数・・・面と向かってはナシ。 でもほんとはとっても繊細で傷つきやすいです。やさしく育てられたため心根が優しい、っていうんでしょうか、私なんかとは大違い。しかし残念なことにやさしいふりにもころっとだまされます。たくさんの人と上手にお話するのは苦手。わりと影響もされやすいみたい、心がやわらかいのか、聞く耳があるのか。弱いものは、母親・緊急事態(求克服!)・食べなれない食べ物。頭で考えずに心で感じるタイプです。ブルースリー?そのことがいつも私を自由な気持ちにさせてくれます。私はあなたの顔を見るとすごくうれしくなってびっくりさせたりあきれさせたり困らせたりしたくなります。これからも私のことを毎日毎日心配してください。謝々!

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心の父、青木雄二

 始まりは「ナニワ金融道」から、監修の「カバチタレ!」、その他の口述筆記っぽい(楽してる~、と思いきや実は一般庶民にもわかりやすく読みやすくしたのか?)著書の数々を読むたび、情熱的で男気にあふれ、はちゃめちゃに闘ってきた アブナくとがったお姿が心に浮かび、わくわくします。言葉の端々は忘れてしまっても、その精神は私の中に深くとどまり、いつまでもそれを支えにしていきたい思いです。

その精神                                                 ○物事の本質を見ること。資本主義の本質とは だまし、騙り(かたり・安いものを高く売ること)だ。CMや宣伝文句はその商品の価値とは何の関係もない。モノの価値をみきわめよ。                                                  ○ゼニのからむことは、今自分が何をしようとしているのか、納得も得心もした上で行動する。相手のペースにはまらないこと。                               ○自分と 組織・自分の内面 などとの距離のとり方を学ぶこと。的確に距離をとれば周りの状況がよく見えるようになる。                                  ○弱いもの(資本家ではない労働者)は団結することで自らを守ることができる      ○きちんとした経済的基盤の上に立った精神的なやすらぎこそが人間に幸福をもたらしてくれる。(これはうちのお父さんの意見とも一致)

 私はマルクスは読めませんが(犬を飼うならマルクスってつけようかなあ・・・)、著書には資本主義・社会主義・共産主義の話がよく出てきます。私の漠然たるイメージ。村の中にある池でみんなで魚釣りをします。魚を取るのが上手な人、運のいい人、要領のいい人・悪い人がいます。その他 小さい人も年老いた人も来られなかった病気の人もいます。資本主義社会なら、その人(組織)がとった分だけそれぞれ持って帰る。共産主義なら、いったんみんながとった魚すべてを集めて、再分配する。さて、あんたら弱いものにとってはどちらが幸せに暮らせそうなやり方か?と問うているのです。

 強くて愛情深い人だからこそ 後者を願わずにはいられなかったのでしょう。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」ではないですが、お父さんってそんなところあるのかもしれません。そばにいる時は 憎悪、プライド、照れくささ、重いうっとうしい愛情 などなどたくさんの感情を持つあまり素直に向き合えない。でもいなくなって初めて深い愛情、情熱に気がつく というような。死んでも残るような強いいいものを持つなんて私にはちょっとできそうにありません。心も父もほんとの父も、どんな状況にいようとも、自分の頭と心を働かせて 決してあきらめずに闘え、っていつもはげましてくれています。 

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おばちゃん

 吹く風にはかすかな秋の気配を感じる残暑の嵯峨野。せみしぐれの山々が 色づいていく様子も見ていたく、なんだか後ろ髪を引かれる思いで帰路につきました。家に帰るとおかんの第一声。「ちゃわん、洗うの(後に食器洗い洗剤と判明)がない、あんたも探して~。あーあ、ピアかフレンド(ショッピングセンター)に忘れてきたか、電話しよ」。おかんは京都なんか旅しなくても 不変不動に毎日楽しそうです。(実際のところは不明) みなさんの周りにおばちゃんはいますか?最近おばちゃんと接しましたか?

 おばちゃんの定義。中年女性。いい傾向としては 何でも受け入れる/気前がいい/我慢強い/小金持ち/体力・パワーがある/声が大きい/生活力がある/親切/愛情深い/他人との距離のとり方が上手い てな感じでしょうか。悪い傾向としては 現実認識が薄い(第三者としての見方が苦手でいつでも当事者気分)/欲望(食べること、買うこと等)に囚われている/がさつ/おおざっぱ/下品/無神経/開き直り/自分に甘く他人を非難/ふてぶてしい/ケチ/愚痴が多い/寂しがりや/一人で行動できない/被害者意識が強い/まじめ/プライドが高い ここらへんでやめときましょうか。

 おばちゃんの被害を受けやすい人としては おばちゃんと暮らしている人/結婚している人(親戚やなんやかや)/職場におばちゃんが生息する人 などが考えられます。かくいう私も これまで数々の被害を受けてきて、これからも受け続けるであろう一人です。私の人生の目標の一つは 「群れるおばちゃんにはなりたくない」 です。自分の頭で考え、悩み、楽しみ、なんとかその道を阻止し続けていきたいと思います。

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ビバ!資本主義社会

夏休みに関西に旅行に行ってきました。そこでお昼ごはんに 初めて「Mラーメン」を食べました。しょうゆラーメン、390円也。安い!おいしい!私はB級グルメ好きのため、ラーメンはよく食べるメニューです。博多とか、庶民の生活にラーメンが深く結びついている土地ほど安くておいしいラーメンが食べられます。東京なんかではラーメンでも1000円くらいするんでしょう?チェーン店のラーメンなんて正直期待もしてなかったのです。上質の材料・腕のいい料理人を使えばそりゃあおいしいラーメンはできるでしょう。しかし、コストパフォーマンス・厳しい経営戦略含めてのラーメン作りの中にあって、今日の「Mラーメン」の優れた企業努力を認めましょう。資本主義社会なんて、無価値のものを たいそうな価値をもつように錯覚させることで 自分の利益を作る競争社会だと思ってました。でも、仕事中・たまの休みのご飯時、お金持ちでない庶民に安い金額でおいしいラーメンを食べさせ、一時みんなを幸せにさせる。最大多数の最大幸福の追求、これってすごく崇高な行為です。会社の利益と社会の幸福が一致する。しんすけさん、えらい!

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日本人のモラルは低下しているのか?

 先日のNHK『クローズアップ現代』「崩壊?日本人のモラル」見ました?私はちょっと気になったもののすっかり忘れていて、数日後の朝刊「読者の広場」的な読者投稿欄を見て思い出しました。御年80歳の木村正一さん(仮名)のご意見としては「古来の日本人は恥の文化があった。最近は個人の利益を重視する社会になり、他人の立場を考えることなく利己主義が堂々とまかり通る世の中になってしまった。日本人一人一人のモラルを再構築せよ」とお嘆きのようでした。

 そもそもモラルって何?もはやすっかり習慣となった辞書を引いてみますと 「モラール・・・道義・士気・労働者の勤労意欲や向上心」だそうです。ついでに「道義・・・人の守り行うべき正しい道」「士気・・・人々が団結して物事を行おうとする意気込み」 うーん、なんか社会主義国みたいです。資本主義のやり方では、少なくとも最重要視される事柄ではないです。かなり高度な資本主義社会の今の日本にはなんかそぐわない言葉です。私のモラルも低い方に入りそうだし全体のモラルのレベルも確かに低くなってそう。昔、町とか村とかの小さな共同社会での生活では、モラルを守らないと社会的な制裁も受けたでしょうが でも陰湿な村社会に戻るのはもういやなんでしょう?くやしいかな肝心の番組を見逃したため、どんな結論だったかはわかりませんが、資本主義社会の度合いが高まるたびモラルが低下するのは自然の理です。

 落書きやごみのポイ捨てなんてレベルのモラルの話では私は昔も今も日本人の性質って大して変わらないと思います。日本の伝統的なお家芸です。モラルなんて自分で高めるしかないと私は思うので、自分のモラルを高める修行方法としては、自分に与えられた責任を果たすことを当面の課題とします。国とか大掛かりな組織なんかは極力介入なしで、日本がモラル高めの大人の社会になったらいいだろうなーと願っている一人ではありますがあんまり期待はしてません。           

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怖い話

むき出しの欲望/冷酷な感情/感情の爆発/心ない言葉/利己主義/相手によって態度を変える/ごまかし/ズル/裏切り/殺し/のろい/恨み    まだまだたくさん・・・何が怖いって人間が一番怖いと思う最近の私ですが、みなさんのすぐ近くにもいそうな怖い人を一人 ご紹介しましょう。  
・38才 独身女 男日照続く  ・無職(前職は派遣事務)  ・住まいはレオパレス。地方出身なのでずっと賃貸住まい。あんまり金目のものは持ってなさそう  ・料理は面倒くさいため食事はほか弁・カロリーメイト  ☆そこそこキレイだし、がんばっているため見た目は30ちょっと  ☆オシャレ好き、街ブラ好き、飲み会、カラオケ、外に遊びに行くことだーい好き  ☆結婚願望強い。そのくせ面食い☆嫉妬心強い    ●人のプライベートはすごく気になる   ●口ぐせは(美しい顔をしかめて)「もういや~(フェイドアウト)」自分                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        に言ってるセリフのようにも聞こえます    ●疑心暗鬼。留守中に人が入ってきて私のものを使っているなどど言い出す   ●ケチ。コーヒー代など細かいお金に逆に敏感。ネットカフェで「プリンターが使えなかった30分間の基本料金240円、返してください!」など                                                                           ●へんなとこで潔癖症。洗濯には必ず除菌剤を入れる。何日も食器洗いをためとくくせにいざ洗うとなったら必ずハイター仕様。でも部屋はちらかってそう    ▽人の好意にとことん甘える。「送っていこうか?」「あがっていく?」など  ▽新聞は読まない   ▽継続的な努力は気力が続かない。人間の当然の摂理ですができるだけラクしたい。自分がつらくない場所にいたい。                                                                                                               その場所は レオパレスの自分の部屋、ショッピングモール、レストラン、カラオケ屋・・・   ▽自分に不都合な人、出来事は批判し                                                                                                      自分を正当化する。私はおかしくないしわるくないし間違ってない   ▽目障りな人の陰口、悪質なうわさ話を流す                                         
【まとめ】 ☆から察するに一応は社会性もあり 気配りなんかもできない人ではないのです。しかし・ないし●に見られるように やはり将来への不安が大きいのは確かなようです。なのに一人でいることがだんだん長くなるにつれ▽に現れる志向にもより だんだん世間・社会での一般的な考え方から少しずつずれてきている感じがします。他者とのつながりをもつことで自分自身のバランスもとれます。ほんと人は一人では生きていけないのかなあなどど殊勝なことなんかも考えたりしてしまいました。この人については私は好きでも嫌いでもなく、愛と反対の無関心モードです。「なるようになるのでは」という感じ。もちろん天に向かってはいた唾は自分の顔にかかります。
【結論】  怖いのは自分自身でもあります。

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大好きな人

 ふう、あまりの暑さに深海へお引越しです。さて、今回は大好きな人、村上さん(仮名)についてあつーく語りたいと思います。村上さんは私よりも少ーし年上なのですが、たとえ50になろうが60になろうが30台くらいのスタンスで人生渡っていきそうなかんじです。私の先輩というか  私の通るであろう道を先に通っている「先生」とも言えるし、私となぜか類似する考え・発想・感情で 共に歩み続けていてくれる人でもあります。つまり お互いの理解者であり続けるんじゃないかという期待が持てる人です。私が図らずも村上さんの後の道を歩いてしまった具体的な例としては、 丸尾のマンガ・クレケン・レトロカー・酔っ払ったら下ネタを話す(精神的に開放される、の意味) etc・・・。教えてもらったものは、PE’Z・昭和歌謡曲・安野モヨコ。共に歩み続けるものは ラーメン・新聞(村上さんも新聞発行してますし、私にとってはこのブログ)・ビール道。全体的にサブカルチャー好みともとれますが、若いころには開高健にナンパされたこともあるという正統派っぷりです。

 村上さんの弱点はおっちょこちょいなところです。しかしパワー溢れる村上さんは、無意識的にその弱点を武器に変えます。お人よしなんだなとか、人間的な人だなとか、人の力を抜かせてくれるなど。弱点<魅力です。いいえ、<どころじゃあらわせないほど弱点をすっぽり飲み込んでしまってます。魅力って魔力みたい、などど思いつつ 今辞書を引いてみてびっくりしました。「魅・・・ばけもの、もののけ、人の心を惑わしひきつける」 注!村上さん自身のことではなく、その要素をふんだんに身につけている、ということです(・・・同じか!?) そうなのです、村上さんは恐るべき販売能力を持った人で、一緒に小売店で働いていた時は 何か適当なうまいことを言っては お客様に高い商品でもついふらふらっと勢いで買わせてしまう という得意技がありました。私もそこそこはいけますが、とても村上さんにはかないません。

 ちょっとエッチな村上さんは、多分人間くさいのが好きなんだと思います。色恋沙汰とか 信じられないほどのあほな失敗談とか ディープな犯罪とか 人の辛さ悲しみ苦しみを伺い知ることなんかが大好物で それをも自分のパワーにしてしまっている感があります。私はあんまり好きな言葉ではありませんが、ポジティブとか+思考とか。言葉ではなくて 存在そのものが持つ 気(パワー)を生まれもっているという恐るべき人です。それによって 私や人々をいつも楽しませ、振るいたたせ、元気にしてくれます。選ばれたスペシャルな人なのです。まるで教祖様だ~。すごい結論に自分でもびっくりです。

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大嫌いな人

 目につき 鼻につき ざらざら気にさわる、近年まれに見るとてもとても大嫌いな人がいます。どうしてここまで嫌ってしまうのか、その理由が解明できるかも、とこうして記します。

 その人は31歳、女、外見は高木美保(この人も私は嫌いです。なんか説教くさそうで)風。彼女を一言で表現したら「まっすぐ」。髪もストレート、服装もシンプルでスポーティーでジーンズとかスニーカーとかよくはいてます。きっと飾り気のない素直なさっぱりとした性格なのでしょう。やはり体育会系のようで 口癖は「うちら」。うーん、すでにムカついてきました。どうやら私も「うちら」の中に含まれている様子。勝手に含めんでくれ。同じクラス・同じ会社・同じ部署になった人には 親しみを込める・仲良くなるという勝手な希望をこめて 年上年下かまわずため口で話すようです。私は彼女に出会って改めて 敬語の意味について考えさせられました。私が他者に敬語を使う理由は「お互いを尊重し合い、一定の距離を保ち、あなたの心に土足でふみこんだりしませんので安心してください」という気持ちを表すためです。気付かせてくれてありがとさん。ついでに体育会系。私と全くもって接点のない世界のため、全く存じ上げませんし 理解したいとも思いませんが、いやいやながらちょっとだけ想像するに、なんかみんなで仲間意識を持ち、それぞれの距離を縮めるため よく集団で行動したりスキンシップをとったりするんですか?私、彼女に親しげに手をとられそうになった時、思わず びくっ としてしまいました。私にはそんな準備、全くできてませんでした。どうも彼女にとっては 親しくしようという相手はそんなに選ばないみたいです。私と違って心が広いんだニャー。

 しかたなく話す世間話においても 彼女の家族愛・郷土愛・善意あふれる自己愛についてはとどまるところを知りません。すべてのニュース・事件に関する感想は、私ときれいに正反対に分かれます。そうやって今までの人生 全く違う選択をお互いしてきて 真逆の方向に歩み続けた円で、いま出会ってしまったんですね。ニアミス、くわばらくわばら・・・。そして 交わりもせずまたそれぞれの違う人生が始まっていきます。

 勤勉・努力家・勉強家、きっと責任感も強いのでしょう、まあ生真面目な優等生タイプです。下ネタはNG、職務のためならラジオ体操・メガネ・マスクも厭いません!「だり~」てな人々に「きっ!」となったり、怒ったら(痴漢にあうなど)意外と粗暴な言動で抗議するなど、いつもまっすぐに前を見つめています。そのまっすぐさゆえ 周囲からはわりと疎まれる傾向にあるんだけどな~、知ってるかな?いい気味~。もちろん聡明な彼女が知らないはずはありません。孤高の人ゆえの乾き。ほんとはさみしがりやの私、ってとこですか。だから体育会系は近づきたがるのか??

 とにかく私は彼女がいい人だから嫌い、まじめだから嫌い、体育会系だから嫌い。私とは違う 人との距離のとり方が私には不快だから嫌いです。だから今後も私は彼女と距離を保っていたいことを表現するため 最敬語を使い ずっと冷ややかに接していくことでしょう。譲れない私のやり方です。性格悪~。

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ロハス党、結成せよ・・・(弱気)

 そりゃあ私はひねくれてます。少数派というプライドを持ち、常に人との差別化に心を砕いてきたものです。私が今までかかって大切に作り上げ守り続けてきたつもりの信条・趣味・生き方。それなのに何故こうも見事にカテゴライズされてしまえるのか?こんなに正確に言い当てられるなんて、所詮私の好みなんてメディアかなんかによって作り上げられたものなのか?まあこれが人の道ってなもんなんでしょうか。

 さて、ロハス系。Lifestyle of Health and Sustainability 健康で継続可能な生活様式(スローライフ志向)。三浦展「下流社会」をもとにざっと要約させていただきます。自己評価はわりと高め。文化・社会への関心も高い。重視するスタイルは知性と上品さ。伝統・古いもの好き。読書・映画・旅行も好き。ちなみに30~40代男性の約10%です。

 その他の分類としては 外車・流行りモノ好きの「ヤングエグゼクティブ系」17%、残りの63% 多数派は サブカル・ギャンブル・グラビア好きの「SPA!系」、自分らしさ・趣味重視・低所得の「フリーター系」。ウーム、自民党政権はまだまだ続きそうですな・・・

 しかしロハス系。ここまで考え・生活態度が一致するなんて これって政党になりませんかね。一説によると アメリカでは30%にも迫る勢いだとか。私一票入れます。

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サムライ

 近年気になる言葉といえば「サムライ」です。私の勝手なイメージとしては「孤独」「プライド」「強い」「ストイック」「まっすぐ」などなど。調べてみますと                「侍・・・貴人や武家に仕えて警護や戦闘に従事した者」                   「武士・・・武術を修め戦に従った階級の人」                            とあります。ついでに「七人の侍」も見ました。不眠不休で主を守るため命をかけて戦う人々。日頃の鍛錬、精進をおこたらず、もしもの時に備える人々。菊千代の狂気の沙汰もうなずけます。やさしくて細やかな神経をもつ人ほどあんな風になりそうです。結果私のイメージとまったく違った点は 「チームで戦う」ことと「自分のためにではなく、主人のために戦う」ことでした。強い人は より大きな主により高給で雇われるなんて、まるで営業マンです。そしてリーダーは全体の雰囲気を見ながら引き締めたり和らげたりして士気を上げていました。

 でもチームで戦う以前に求められるのは一人一人の力量です。健康管理・自己管理・ひいいては家族を持てる器量があるのかなどやっぱり個人事業主的な面もあります。「七人の侍」を見ながら「負け戦」「落ち武者」「浪人」なんかのセリフが出るたびにせわしなく辞書を引きながら、「武士は食わねど高楊枝」みたいな貧乏な武士ってたくさんいたんだろうななんて思いました。さて、戦に負けたサムライは落ち武者となり諸国をさすらい歩きます。勝ったサムライでもお暇が出れば職を求めて放浪するかもしれません。こんな流れ者が持っている財産といえば自分に何ができるか(特技・武術・技術など)と人脈くらいなものでしょうか。一方、定住者の財産は土地・家・お金・食べ物・遺産などなど。どうも私はさすらい人の方の財産を身に着けたがる傾向にあるようですが一般的に見ると、ほんと百姓の勝ちです。

 一人一人が磨いた技で協力しあい、勝利を収め、よりパワーアップしていくという「チームで戦う」構図については理解できました。しかし「サムライブルー」とか何とかいう人たちは、一体何に仕えて戦うのでしょうか?国家?国民?政府?企業?お祭り?ギャラはいくらなのか?その出所は?名誉・名声でそれに代えるのか?わからない。誰かバカな私に教えてください。       

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食べる

 今日のお昼ご飯は自作の冷蔵庫の残り物パプリカ牛乳スパ。まずまずの出来で70点。マイナスは、粉チーズを入れすぎたせいか少しざらつきの残る食感のため。クリームソース系はやはり滑らかさを重視したいものです。次は卵の黄身をからめてみましょう。

 秋田の幼児殺害事件の容疑者は私と同世代です。どのクラスにも一人はいそうなタイプ。あまり勉強ができずひがみっぽくて意地悪で なんとなくみんなからうとまれる存在。家庭環境も複雑で身持ちが悪く、早いうちから子どもを生み結婚離婚を繰り返すようなタイプ。いろんな雑務や義務や感情や欲望がごっちゃごちゃで いわゆるかたずけられない人ではないかと勝手に察します。この傾向にある人は、高度な処理能力と高めの文化の中にいる必要のある料理は あんまりしないのではないかと思います。心の中の30~40%位は彼女に共感できる私としては、料理はかっこうの修行です。料理は おいしく作ろうというエゴイストっぽいナルシストっぽい部分を刺激します。自分および自分のごく身近にいる者だけを気持ちよくするための行為。そんな行為がまずまず好きな私ですが、彼女と料理好きな自分との間でこれから先も 揺れ動き続きそうです。

 欲望を満たす行為でもある、うまいもんを食うっていうのは幸せの一つの形です。作って食べる、作ってもらって食べる、外で買ってきて家で食べる、外に食べにいく。人によりいろんな好みのパターンはあるでしょう。食べることに関する私の一番好きな本は林真理子『食べるたびに哀しくって・・・』、名著です。古本屋でたまたま見つけたからよかったものの何故か本屋さんに行っても売ってないです。何故に??作者も書いておられますが、食べることを書くのは恥ずかしいです。生まれも育ちも現在の金回りも生活態度も知られます。私は田舎生まれなのですがガサツな家で育ったため、どんべえとかの悪食(あくじき)はやめられません。B級グルメも大好き。

 さて秋田の話です。欲望(空腹)を満たすために彼女もホカ弁やカップメンなんか食べてたんでしょうね。私がホカ弁、カップメン、マックを食べるときは疲れたとき懐がさみしいとき時間がないとき、周りに作ってくれたり作ってあげないといけない人がいない時、などです。彼女はどんな気持ちで食べてたんだろうかと想像しました。自分は世の中からはずれてるのかもという劣等感。面倒なことにはかかわりたくない、どこまでも目をそらしていたい、そしてなしくずしに終わらせてしまいたい。それで空腹が満たされたらもういい。一抹の寂しさも覚える甘ちゃんの私ではありますが 別に彼女の友達になりたい訳でもないしもちろん助けたくも救いたくもありません。だって食べるって自分で自分を救う以外誰も何にも言えない行為なのですから。

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私を理解して

 季節は若葉を過ぎ、雨の恵みを受け ぐんぐん成長する緑の候、フレディマクレガー「ジャマイカンクラッシックス」にいく前の車中の音楽は、ジュディーアンドマリーの「MIRACLE DIVING」です。20年位も前のCDだったりして。でも時間を飛び越え 今の季節そのままにキラキラ光を放っています。80年代(テイスト)ってじわじわきてるし、リッチで軽くて華やかで、私はけっこう好きです。私の一等お気に入りは王道「OVER DRIVE」です。私のクラッシック。私の好みの傾向とか感情はここから始まります。いくつになっても私の原点であり続けてほしい歌。自分だけのうれしく楽しく安らかな世界。それをずっとずっとつきつめていくとそれが優れているものであればあるほど、なぜか多くの人を楽しませる世界に行き着く。そんな教えを実感できます。

 何かを表現する人っていうのは 変わってる人、などど言われやすい傾向にあるのですが、その分 自分を理解してほしいから表現するんですよね。さて、世の人々の中で 自分を理解してほしい、という欲求のある人は一体何%くらいいるものなんでしょうか。多少のずれはあると思うけど、ご参考までに(わりと彼らの気持ちを察しやすい立場にある)友人知人の中で適当に思いついた人10人で考えてみたら、10人中4人でした。40%。あと六人の欲求としては想像するに、物・世間体・安心安定・優越感・愛情・金銭 など。私は自分を正しく深く理解してもらうことを切実に望みます。もちろん全ての人には望みません。それでは理解して欲しいと思う人から理解してもらうにはどうしたらいいのか 考えてみました。

 一番簡単で近道は自分をストレートに伝えることです。すなわち素直に接する。でも理解してもらいたがってる4人にかぎって一筋縄ではいかないタイプです。そしてそもそも素直な人は自分を理解して欲しいなんてあまり考えないのかも。理解してもらう方法の例として考えたことは、名刺を作る、仕事をする、行動態度で示す。そして気難しかろうがひねくれていようが相手にわかりやすい言葉で話すように気がける。私は果たして読んでいただいている人を楽しませることはできているのか?自己満足で固まってはいないか?鍛錬を重ね、表現し続けることが今のところの一番の解決策のようです。

 

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私の中のサイバラ

以前と比べて変わってきたなあと思うこと

・だるい

・ゆるい

・人にどう見られるか前より気にしなくなった

・物事を少し離れて(客観的に)見られるようになった

・食ってくのに必要なことかそうでないかをまず考えるようになった(食ってくことが最優先)

確実に年食ってます。そして西原理恵子(漫画家)ヅイてます。この人は最近テレビにもけっこう出てますが、漫画は雑で下手でゆるくて投げやりであんまり見るに耐える代物ではありません。しかしこの人の発する言葉は真実のみで 私はすごく正直な人だと思っています。善意も悪意も優越感も劣等感も猜疑心も嫌悪感も愛情も その他ありとあらゆる感情 すべて含めた真実。なんかインド僧みたい。すべてのことを どうなってもいい、どうにでもなれと思っているのでしょう。野垂れ死ぬことも恐れていないでしょう。とびっきりのエゴイストでこの人を言葉で表すとしたら「酒池肉林」。すべてを忘れたくて酒を飲むのか、酒の力を借りなくては生きるのは辛すぎるのか?そんなことはどうでもいいのです。辛いときに思い出す笑いを生み出せるってすごく崇高な人です。それでオッケーです。姉さん、楽しんでますぜ。

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おかん

 今年還暦の私のおかん、ヒサヨ。顔・パーツがちんまり甘ったるく丸く、パステルカラーにくまのアップリケのついたエプロンなどを好んでよく着ています。農家の長男の嫁のくせに思いついた時 かつ気が向いた時しか仏壇にご飯、花を供えません。基本的には弟(長男)命。自分の子どもを自分と思っているらしく、子どもに甘え、尽くし、一体化しています。(「おかんとマー君」のおかんもそうですね) 私の職場に、どうにかして現われ、すっごくうれしそう。安売りの袋入りお菓子・飴などを絶えず口に入れ続け、繊細かつ複雑でない話題のみ話続けます。演歌調の仰げば尊しなどサプライズな選曲の鼻歌。幸せな証拠ではあるが不幸に弱く、その分幸福の時に笑いを倍増させる賑やかしの素質。ある日のヒサヨの夕食は、お好み焼き・ご飯・うどんでした。ヒサヨの言い分として「おかずが足りないからうどんを作った」。? またある日はチャーハンをおかずにご飯を食べていました。?? さすがに非難すると「たまには私の好きなものを勝手に食べさせろ」。

おかん語録(きつめの方言を共通語に直して)(けっこう老婆・・・)

・(ききとれないアナウンスはすべて)火の用心だろ

・(缶詰の果物をまぜてデザートを作ったとき)汁は全部のまんでよかろ?

・(ディスカウント店から自転車を買うと言い張って、4キロ離れて夜10時なのに)「自転車をこいで帰る」

・そうすけ汁かい(ブイヤベースを作った)

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書く人

書く人なんて満たされていない人に決まっている。満たされてしまったら書けない。満たされてる人が書いても面白くもない。満たされていないことの表現方法はたくさんあるけど、その中でも書くことを選んだ人々がいる。村上春樹もかつての林真理子も松ちゃんも谷崎だって。

不安・不満・絶望・怒り・悲しみをやわらげるためには 目標ラインを低くする・諦める・忘れる・寝る・酒を飲む・何かの中毒になる(熱中する) など現実から目をそらすことが有効と思われます。

しかし中野翠は書き続けているではないか。えらい。私も書く人であり続けたいと強く願う。

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ねぎこちゃん

ねぎこちゃんは元同僚です。

中川家のお兄さんに似てます。

小柄ちゃんで、身近なキョンキョンです。

好みのタイプはさあやのご主人 黒田さんとトリビアのやしまさん。どちらもとってもやさしそう。

得意料理は中国人より直伝のギョウザ。うまい。

今月の目標は魚を一匹さばくこと。月一匹の目標でさばきたいそうです。

先日朝市でアジを物色、見事タタキにし 目標クリア~。

エコロジストです。ねぎこちゃんに出会って 合成洗剤をなるべくやめて石鹸を使うことや、買い物にはエコバックをもっていくことを学びました。

トリビアの雑種犬シリーズ他、愛犬家です。シベリアンハスキーが茶色になったような ごっつい吠え方の ねぎこちゃんの愛犬の名前はコロチャン。おおこわ。でも臆病だから吠えるんですよ、と教えてくれました。

本をばんばん買います。以前はよく貸し出しごっこをやっていました。山本文緒姉さんはねぎこちゃんから教えてもらいました。

・・・ねぎこちゃんを語ると言っても、知りうることすらねぎこちゃんのほんの一部分。

でも私の友達、ねぎこちゃん。

(今回はポエム調でまとめてみました)

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食ってくことについて(決意)

みなさま、生きるためには税金も含め、お金がかかりますなあ。世間の人はどうやって食ってるのか、お金の出所含め それ以外も合わせて何パターンか考えてみました。(抜けてる項目も多いと思いますので他の案をお持ちの方、教えてください)

☆働く人(養う人)と働かない人(養われる人・子ども・家賃などの不労所得がある・物乞い 等)

☆働くことができる人と働くことができない人(国などが助ける)

☆雇う人と雇われる人

☆組織に属して働く人(おつとめ人)と組織に属さず働く人(個人事業者・自営業者・フリーター等)

この回は 私が根性なしのために勤めを辞めてしまうので 勤め人はなんてえらいのだろうをいうコンプレックスを自己紹介代わりに書き綴ろうかと思ったのですが、上記のことを考えてみて長年私は最後の項目でのみ悩んできたのだと思い当たりました。組織に属せないなら仕方がない、それ以外の方法で食っていくのです。

寒さはひとしお身にしみる季節です。しかし、昼間はお日様も照る。しっかり着込んで準備していけば日向にいけばあたたかいのです。今、何者にも属さないこの私、覚悟を決めて出て行けば 風は冷たいけれど清々(せいせい)するような身がひきしまるような思いが快く、この文章を書きました。

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ブログ開設のごあいさつ

 みなさま、はじめまして。そうすけと申します。私は昔から文章を書くことが好きだったので いつかは誰かに自分の文章を読んでもらうことができればと漠然と思っていたのですが、それがこういった形で実現してとてもうれしいです。

 さて、そもそも 私はなぜ限りある時間・資源を使ってわざわざみなさまのお目よごしをしたいと思うのか?ということについて考えてみました。それは自己満足と自己顕示欲を満たしたいと思うことに他なりません。文章を書くことで一人になれ、考えを整理し、感情の発散もできます。それなら日記で事足りるのですが、例えば私が友人に心を込めて手紙を書き、それを友人が読んで懐かしく思ったり笑ってくれたりするように、私が自分の悩みや強烈に好きなことを書いた文章を 誰かが読んで、笑ったり 時には怒ったりしてくれればそれでこのブログの存在価値はあるのではないか?と考えました。

 そのためには私のどこまでも個人的な意見を、自分の考え・自分の言葉で書くように努めます。そうやってどうにか楽しませることができたら皆様の貴重なお時間を少し奪ってしまったことの罪悪感も少しは薄れる気がします。

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