『るきさん』

 るきさんとは人名で、私のかれこれ十年来の心の友です。作家は高野文子、バブルまっさかりの頃にHanakoで連載されていたマンガです。るきさんはもう何人もの友人の手を回って、最後は誰に貸したかわからなくなったままとうとういなくなってしまいました。ナポリにでも行ったか?けれども年々るきさんをより近くに感じるようになっている自分がいます。例えば①たまに新宿なんか行くと面食らう ②友人のえっちゃんとの絶妙な大人な距離の取り方に学ぶ ③鏡に映った自分を見て「えっちゃん、私死んだおばあちゃんにそっくりだー」なんて言う

 るきさんは推定年齢は35歳、都内で在宅の仕事をして一人暮らしをしています。多分階層は下、下流度チェックをしたら9こはいくでしょう。しかし能力ある勤労者かつ生活者です。バブルの頃の企業が仕掛けていた消費生活(友人のえっちゃんがその例として描かれています)とは違う、独自のスタイルで生きています。

 ところで先日「等身大の人生」っていう言葉を新聞で見まして、書いてある意味をそのまま引用します。「自分の性格や能力をほぼ正確に理解し、他人の評価をあまり意識しない生き方」。『下流社会』の著者は、この意味の特に前半部分を今下流社会にいる人たちに分かって欲しくて この本を書いたのかと思いました。「自分らしさ」とか「自由」とかパソコンとかゲームに逃げないで、正確に自分のことを知ろうとしなさいと。るきさんはまさに「等身大の人生」です。収入は少ないかもしれないけれど、何かをあてにしたり文句言ったりせず、等身大に楽しく暮らす能力を身に付けています。何かに頼らないならその機嫌(評価)を気にしなくていい。自分の能力に見合った「等身大の人生」。これはとっても厳しい生き方です。でも私はこれを目指すことに決めました。

 るきさん最終回はるきさんがナポリに旅立ちます。偶然「等身大の人生」と同日の新聞にナポリ旅行記が載っていたのでこれもそのまま引用します。「下町情緒のしっかり残ったナポリ旧市街の市場で、新鮮な魚貝類を横目にイチゴやモモなどフルーツやパン、お菓子を買い込むと次はナポリ人の当時の同僚曰く「世界一のピザ屋さん」とやらで、確かにほっぺたの落ちるようなピザを味わった。」きっとるきさん楽しくやってるでしょうね。

 高野文子さんのマンガでもう一つ大好きな作品があります。マガジンハウス刊『棒がいっぽん』の中の『美しき町』です。昭和30~40年、2DKの団地(風呂なし)に住む新婚夫婦。下駄履きのノブオさん、かつおぶしを削る、玄関は狭いけど絶やさない花。「小さな町では商店街をそのまま行けば、すぐ軒の深い農家に変わり」「竹藪が傾斜をつけて上っています」「藪のふもとを沢が流れています」。沢を渡り、藪を分けて上り、山の頂で町を見下ろし食べるおにぎり(中身はうめぼし)。同僚に意地悪されて二人徹夜で仕事を仕上げた夜明け ラストの台詞はこうです。「たとえば三十年たったあとで 今の こうしたことを思い出したりするのかしら 子供がいて おとなになって またふたりになって 思い出したりするのかしら この町で」。三十年たって私は今の私をどんな風に思い出すか、私の評価は気になるところです。

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