夢かうつつか
そのお店を発見したのはもう20年ほど前になるでしょうか。誰かに連れて行ってもらったわけでもなく、自然に足が引き込まれていったお店でした。学生だった暇な私が繁華街のアーケードを歩いていると、アジアンなメニューが書かれた古めかしい黒板が。つい心ひかれてフラフラと2階への階段を上りました。
扉を開けるといきなりそこは別世界の異空間でした。お店の壁は素人がぬった漆喰。天井には古い白い布が張られ、まるでテントの中にいるみたいです。そして特筆すべきはお手洗いでした!中東の洞窟をイメージしたというその空間は2畳ほどのスペースで、部屋全体が丸くなるほどしっくいが厚塗りされていました。天井からは裸電球とたくさんのドライフラワーが吊るされています。ガラスをうめこんでタイルみたいにした洗面台とこれまた古めかしいくもった鏡。ここは私にとっていまだに破られない大好きなお手洗い空間ナンバーワンです。店内には木製の古い簡素なテーブルとイス。古くて淵が欠けておまけにヒビまで入った陶器のカップ。料理の独特のスパイスの香りとガムラン音楽。
そのお店は20畳くらいありましたが、姉妹店は4畳半くらいのスペースにキッチン、レジ、カウンター(物置と化す)、客席2つでキツキツでした。両方ともわりあい繁盛していたらしくお客さんも多いのですが、お客さんもスタッフもなんだかみんなおんなじようなタイプでした。すきあらばアジアを放浪してそうな。そして私もいろんな友達を連れて訪れたのですが、喜ぶ人もあれば、まゆをひそめる人もありでした。ノレなかった人は、飲食店で働く友達。ダンボール紙のメニューがお気に召さないとのこと。頑張りやさんのOL友達はビールが冷えてなかったのがちょっと納得いかないそうでした。でも私と同類のゆるーい友人たちはすごく喜んで長い年月通いつめました。気持ちのいい季節は外で風に吹かれながらアイスティー飲んだり、映画の後でコーヒーを飲みながら感想を語り合ったり、チャイを味わいながらまったり本を読んだり。
久しぶりにお店を訪れたある日、なんか雰囲気ちがうよねーなどと思いつつ中に入ると、お店はきれいさっぱりなくなって、中国粥のお店になっていました。お店の人に尋ねると「詳しいことはわかりませんけど、オーナーの方が旅に出たとか・・・」という答え。あのお店のオーナーなら、と納得できる終わり方ではありました。なくなってしまった今となれば、夢か現実かって思える空間でした。20年くらいは確かに存在したうっとりする空間。その空間に身を浸したことがある人は街で会ってもお互いに「うむ、おぬしもか」なんてわかりあえる気がします。こんなのが聖地ていうんだったりして、なんて思いました。


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