偽善者は私
久しぶりに学生時代の友達と電話で話しました。距離も心ももう随分と遠ざかってしまったなあ・・・というのが感想です。彼女は当時から私のいけすかないものを持っていました。一言で言えば「偽善者」。私の偽善の定義は「お涙ちょうだい」的話が好きな人、またはきれいごとを言ったりしたりして自分だけ満足している人 のことです。例えば 風邪を引いた人の所にご飯つくりに上がりこみに行く、みたいな。なんか重い存在。ただフォローすると?年をとって家庭も子どもも持って、その性格と今の彼女の立場は いいバランスがとれてるなと感じました。自分の性格を生かす道を見つけたんだな、みたいな。まあ、彼女の人生と私の人生は今後あんまり重なりあわなさそうですが。
彼女とやり方は違えど 私だってわりと思いやりの心は持つようにしてきたつもりでした。がしかし、自分に実害が及びそうになると一遍、スルーか拒否に変わります。私の思いやりの心だって所詮偽善だったのです。自分が「いいことした」って思うためだけの行為。折り合いをつけるには 自分の身を守りつつ思いやりの心も持つという所でしょうか。対策として、思いやりの心を出すときは自分で責任のもてる言動にする、すなわちあまり軽々と思いやりの心や言葉を口にしない。
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コメント
読めてなかった4月分からいっきに拝読させていただきました。
久しぶりにページを開きまして、目に飛び込んできたのがこの「偽善者」の記事でして…あの方も成長されたんだとしみじみと感じ入りました。
私もかなりの偽善者ですが、その偽善行為で最近自分の首をしめつつあります。
投稿: まぐまぐ | 2008年7月18日 (金) 15時23分
留守をしていてお返事遅くなってしまいました。
いやーわかる人しかわからない内容、すばやくご理解いただいてうれしい限りです。
自分の首をしめてるってことは偽善じゃなくてほんとの善だと思います。しかしお体はどうぞお大事に。
投稿: そうすけ | 2008年7月26日 (土) 22時51分