笑顔と時間
久しぶりに故郷に帰って同級生なんかと出くわすとなかなか感慨深いものがあります。地元の人と結婚して子供が3人いて2世帯住宅を建てて夫の家業を手伝っている、みたいな。家族の安否、共通の知人の噂話などでいっとき話ははずみますが、「その話は私のソウルに触れる話でもないから なんとか早く切り上げて帰ろう」なんて不届きなことを考えながらしゃべる私。対して彼女たちは笑いさざめきながら世慣れた風に次々と話をつなげます(私は面白くなんかないー、早く帰りたいのにー)。もし私が地元に暮らす奥さんだったら、地元の人からは「あの家の奥さんは他人行儀で冷たい、変わり者だ」と噂されることうけあいです。地元で生きる彼女たちには、縦(年寄り・目上を立てる) 横(近所・友人知人のコミュニティ)のつながりは 生きていくための のがれられないおつきあいなのでしょう。まあ我慢して仕えたあかつきには遺産や土地なんかのごほうびもあったりするのかもしれないですが。
常に笑顔で楽しそうに会話する彼女たちは笑い小じわなんかできてます。ちょっと老けるけど落ち着いて幸せそうな顔だと思う人もいるのかもしれません。でも常に笑顔でいる人って私なんかには苦労人に見えます。自分を守るための笑顔、人に悪く思われないことを意識して作る笑顔。田舎生活に必須の笑顔で長時間の会話、私にはかなりの疲労度合いです。笑顔も時間も、両方提供するのは私には無理です。どちらか我慢するなら、笑顔かな。笑顔で短時間で失礼する(姿を消す)ってのが私にできる最大の妥協法です。


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